« ゴーストのゴーストと現実世界 | トップページ | 白磁の二重性 »

2011/09/05

宇宙人の共通性

以前、伊藤若冲展が、千葉美術館に来たとき、隠居ということが江戸の習慣として働いていたことに注目した。若冲がそうであったように、京都の商人を早々に退いて、絵描きに転身する。人生において経験を積んだ人だけが、はじめてそこで、遊ぶことの意味がわかるのだと思う。それは、月曜日から土曜日まで働いて、日曜日に休むということで、休日というものの意味が出てくるのと同じだと思われる。

放送大学にいてよかったと思えるのは、このことを十分理解して入学してくる人びとが多いからである。隠居制度が近代の労働社会と対立しているという説を立てようとしているわけではない。むしろ、9対1くらいの割合で、近代にあっても、隠居制度は労働と対抗し、なおかつ、並存して存在して来たのではないかと思う。

それがここへ来て、にわかに高齢化社会の進展によって、高齢者雇用が叫ばれるにしたがって、もちろん、労働社会では極めて致し方ないことはわかるが、それでも隠居の価値という観点から見ても、危機に瀕しているのではないかと思われる。いよいよ日本から隠居制度が葬られるのではないかと、危惧を感じている。

近世の隠居を思い浮かべると、ちょっと違ってしまうかもしれない。語弊があるかもしれないが、「減価償却」を終わったものを再生し、ちょっとだけ違うことに活用してしまおうという、計画があっても良いのだと思う。すこしはゆっくりとしたものになるのかもしれないが、そんな考えが必要になってきているのではないかと思われる。

ということで、天野祐吉の対談集である「隠居大学」を読む。6名の隠居の天才たちを招いた対談で、そのまま深夜放送でも流されたらしい。

中でもとりわけ魅力的だったのは、現実を超える論理を提供していた、詩人のTである。「老人は宇宙人」である。という命題は、かぎりなく人びとを安心に導く、比類のない考え方であった。

現実が厳しくなればなるほど、生き延びるものは、少数者に限られてくる傾向を見せるのが、近代の競争社会である。そこで、この論理だけでは、少数しか維持できないので、したがって全体社会としては維持できないので、少数選択論から、もう少し土俵を広く考える思考方法が発達することになる。そのときの「広く」という論理に、よく寛容論が使われる。どのようにして、社会の包摂範囲を広げることができるのか、という論理である。

いくつかの考え方の系譜がある中で、具体的に良く使われるのが、「人間だから」という共通論理の広げ方である。さらに、これに対して、「宇宙人だから」という広げ方がここで提案されている。この考えは奇妙だが、面白い。つまり、人間を超えているという意味で普遍性を持っていると同時に、宇宙人という特殊な状況の小さな範囲も受け入れてしまおう、という考え方である。実際に、宇宙人が現れたらどうなるか、ということではなくて、実際に存在しないものにまで、想像力を広げて見ることがここでは必要なのである。

人間だから、という論理には、利他主義的でヒューマン的な偽善の匂いが漂っているが、宇宙人だから、と言ってしまうことによって、通常の人間レベルを突き抜けてしまっていると解釈できるのである。

« ゴーストのゴーストと現実世界 | トップページ | 白磁の二重性 »

日常生活の関係」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/173786/52707715

この記事へのトラックバック一覧です: 宇宙人の共通性:

« ゴーストのゴーストと現実世界 | トップページ | 白磁の二重性 »

社会経営研究配布中

  • 2015study

社会経営ジャーナル配布中

  • 2015journal

開いている講義    「社会的協力論」

  • cooperation

「音を追究する」第13回・第14回

  • art

「多様なキャリアを考える」第2回・第3回・第4回

  • cooperation

「グローバル化と私たちの社会」第11回

  • cooperation
2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ

Recommend

プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。