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2011/09/22

ヴェネチアでも「ピエタ」

0920_16三日目の朝も、快晴で、旅日和だった。テラスにての食事も今日で最後かと思うと、毎日届けてくださった係りの方にも、なんとなく情が移るのだ。いつものドォーモの鐘がなってほどなく、ドアをコンコンと鳴らしてせわしなく入って来て、朝食を届けてくれた。0920_17贅沢だと思えるのだが、それはそうではなく、ホテルの部屋が狭いので、却って部屋で朝食を摂って欲しかったらしいのだ。それが証拠に、当初、15ユーロだと言われていた値段も、10ユーロに割引されていた。

0920_18昼には、ミラノの中央駅へ着かねばならないので、朝の散歩と言っても、それほど遠くへは出られない。これまで近づくのは夜だけだった、ドオーモの天辺まで登ってみようということになって、スカラ座の横へ直に出る道を、ようやく昨日習得し、今日はその近道を通って、スカラ座の裏から広場へはいる。

0922ドオーモの外見は、コンクリートの塊のような薄ペラな感じだと当初は思っていたが、それは石というものに対する見識がなかっただけで、中に入ってみると、ゴシック建築特有の天にのぼっていく象徴的な作り方を行っていることがわかる。0922_2すべて大理石でできている。屋上に至るまで、内部からみると、重厚な感じがあるのだ。

一つの頂点に向かって複数の頂点が組み合わさっていわば、加速度的に建物自体が急激なピラミッド構造を示している。そして、観光客もその先端を目指して登る。人間はこのような加速度的な構造がトコトン好きなのではないかと思ってしまう。0922_4とくに、この景色をカメラに納めたいという人びとが多く、ほとんど頂上にまで登った人は、だいたい立派な一眼レフのカメラをもっていたのは、偶然なのであろうか。

09225景色自体はミラノの全景で、どうということはないのだけれども、やはり頂点ということにこだわったつくりなのだと思われる。09226


いくつかの頂点がそれぞれ何かを指し示しているかのような世界を演出していた。

娘が日本のソニープラザみたいな、デザイン・スーパー・マーケットというところに行きたいというので、お付き合いする。手作りの陶器や、台所用品がたくさん並んでいる。ここでも文房具では、モレスキンと、たいへん手触りの良い、LEGAMIのノートが占めていて、日記帳のトピックス用手帳をちょうど探していたので、こちらの目立つ、赤のものを購入する。見た目よりずっと手触りが良い素材で作られている。

0922_5さて、のんびりとしていたので、時間が迫って来てしまった。ホテルに戻り、荷物をもって地下鉄の駅からミラノ中央駅へ向う。木漏れ日が、そろそろ秋を感じさせる。何とか15分前には、ヴェネチア行の特急へ着く。0922_6ちょうど昼食時間だったので、駅のバールで丸い大きなパンにチーズと生ハムを挟んだものを、注文して、娘はさらに甘い菓子パンも購入して、席に着く。番号が飛び飛びなので、席を見つけるのに苦労したが、無事にインターネットで取った席に座り、車掌さんの検閲も無難に過ごすことができた。

0922_7窓の景色には田園風景がすぎて行ったが。0922_9自分の好きなものが目に入るらしい。09223_2


葡萄畑がかなり多くを占めているという印象を持った。鉄道の旅の最後には、海に出て、その中を進む汽車という構図である。ヴェネチアに来たのだな、という感慨を持った。

0922_8終点のサンタルチア駅を降りて、駅舎を出ると、目の前がいわゆるヴェネチアの大運河で、ここから定期船にのって、宿のあるアカデミア橋まで下って行った。途中、古い建物で歴史を負った場所が次から次へと現れる。その建物の間には、小運河が流れ出て来ていて、水上タクシーやゴンドラなどがそこから出てくる。0922_10


かなりの混み合いを見せるが、衝突寸前で、体を交わしていく。リアルト橋を過ぎ、運河に面した広場を観ながら、ようやくアカデミア橋を観る場所に出る。ここまで来ると、乗客も少なくなっている。

0922_11橋のたもとのバールを左にみて、綺麗な石畳の小道を、アカデミア美術館沿いに下ると、すぐ宿がわかった。入り口も小さな小ホテルという雰囲気だ。0922_12部屋にはいると古い家具で統一され、改修したばかりのトイレ回りがあり、すっかり居心地の良い空間に、わたしたちははまることになった。

アカデミア美術館が、7時過ぎまで、観覧できることがわかっていたので、移動の疲れも何のその、ヴェネチア派が集められた空間へ飛ぶことにする。昨日のブレラ絵画館の続きにすっと入っていった。

0922_13ティントレットと、 ヴェロネーゼの大作ぞろいだった。ティントレットの聖マルコシリーズも、他の画家と異なり、楽しめたが、やはり今日も一番の関心は、「ピエタ」場面である。昨日のベッリーニのものと比べて、ティントレットのピエタは、神を描くというよりも、人間としての受難を憐れむという場面を描いている。

0922_15ティントレットの解釈は、マリア自身も失神してしまう、という意味を付け加えることで、他の画家と異なっている。神との同一化という方向性を失神という表現におきかえているのだ。これまでのマリアが支える形式なのか、マリアが支えられるのか形式に対して、両方ともにダウンしてしまう形式が現れることになった。

0922_16何がここで変わったのか、ということは、ひとつの系譜の考え方としては正当なものだと思われるが、ヴェネチアという都市でこのことが生じたことは、重要な意味をもっていると思われる。都市に住む人びとがこのような芸術を求めたという現実があったと言えよう。

0922_17夕飯は、散歩に出て、グッゲンハイム美術館前の運河沿いにある飲み屋さんで、軽く済ませる。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。