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2011/09/21

ピエタの多様な解釈

0920_15今日も身体にとって、ハードな一日となった。昨夜、時間が間に合わなかった、スカラ座の博物館を訪れた。われわれと同じように、オペラファンで無くとも、世界各国の団体ツアーの格好の巡り場所であるらしく、次から次へあらゆる言語が飛び交う空間を現出している。

0921_4たとえば、いくつかの間があって、団体客がそれぞれの部屋ごとに、集まっている。日本人を案内するガイドの話をイヤーホンで違う言語に、翻訳しながら、聞いていると言った具合だ。

0921_5オペラ通の人びとは、団体客のこない、さらに上にある、ライブラリーで本を検索し、知識の蓄積に余念がない様子だった。ロッシーニなどの自筆手紙など満載であった。人形には、舞台で使われた、魔笛などの衣装が付けられ、展示されていた。

0921_6スカラ座ツアーのもう一つの呼び物は、練習風景を聴かせてくれるサービスだ。リハーサル前には、劇場の席に案内され、劇場の生の雰囲気を味わうことができた。そのうち、席にガラス窓が取り付けられるころには、指揮者が現れ、音声チェックの機械が調整され、舞台に出演者たちがラフな服装で現れる。

今晩の出し物は、貴族の男性が女性と会って、出かける場面から始まるらしい。同じ場面を二回ほど繰り返していた。

リハーサルの舞台には、ある種の組織論的力学が働いている。わたしはむしろこちらに関心があった。つまり、なぜリハーサルが必要で、リハーサルでは何が問題になるのか、という点である。わたしたち放送大学のリハーサルと同様で、一人の演技から、複数の人の演技、さらに客が入るときの演技には、合わせる基準が異なる。たぶん、タイミングが最も重要になってくるのだ。シナリオもあるのだが、シナリオに載せることのできないことが、リハーサルの対象となるのだ。

0921_7次に向かったのは、徒歩十分ほどのところにあるブレラ絵画館で、ここには後期ルネッサンスのヴェネチア派の大作が集められているとのことで有名で、ベッリーニやティントレットなどを中心に観て回る。それにしても宮殿の壁一面を使ったような大作が、その状況そのものを大きな状態でみることができるのだ。このような大きな部屋自体、ひとつの文化環境だと思われる。それぞれ絵のまえには、椅子が用意されていて、じっくりと観ることができる。

注目したのは、サンマルコ広場の絵や聖マルコの絵もさることながら、キリストの死に対するマリアの「ピエタ」を題材とした絵だ。昨日からの続きである。キリストとマリアの関係についての考え方が、ここには如実に反映されている。

ベッリーニの場合には、夫婦の関係を重視した人間的な展開を中心に描かれていることがわかる。ティントレットの場合には、夫婦関係も描かれているが、さらに弟子との関係や世俗との関係が描かれていて、さらに複雑な人間関係が描かれている。

ここに至って、中世以来の宗教的な意味付が少し背景に退いて、人間社会の物語としてこのピエタが復活していることが現れているのではないかと、思われる。それにしても、マリアの顔色の悪さは、ヴェネティア派の場合には、特別だ。どう観ても、聖なる家族として描かれてはいないことが理解できる。それでは、宗教関係がスポンサーでないとすると、人間的な、これらの絵のスポンサーはだれだったのだろうか。これらの楽しい推理をさせてくれる空間が用意され、いつでも開かれているのは、たいへん良いことだと思われる。二階にある絵画館を出て、したにおりてくると、美術大学が入っていて、大学らしい活気ある空気が流れていた。

0921_8絵画館界隈には、オープンテラス形式のカフェが並んでいた。その一角に陣取り、昼食を食べる。オフィス街にも近いらしく、コーヒー一杯だけで、読書を楽しむOLも見かけた。

0921_9娘の関心ある雑貨・子供のオモチャを観て回ろうとということになり、都心部をはなれて、新興の再開発が行われている、ガリバルディ地区へ行く。0921_10ここでハイテックという、日本でいえば、東急ハンズや無印良品のような文房具と雑貨の店がある。古い家を改造していて、地下室も使って、素敵な空間を作っている。09212このような趣味趣向は、世界共通のものがある。ここでは、イタリア製文具の代名詞的なモレスキン社のシネマ・ノートとラベル・ノートを購入した。

0921_11そう言えば、ガリバルディの駅で、娘がチョコレート屋を観ていたら、「ここのは高いからやめなさい」と助言してくれた、年寄りの女性がいて、その女性が、このハイテックにも現れたから驚いた。類は類を呼ぶの類いなのだろうか。うちの母親のような性格の人も、世界共通であることにびっくりしたのだった。

0921_12今回の旅行で、中心となった物語がいくつかあって、19世紀の小説のモチーフをなぞってみようということも、話していた。今日の午後は、買い物の合間を縫って、二つの教会を訪れた。わたしたち日本人は、アミニズム的な宗教観のもとにあるので、仏教徒でありながら神社に詣でることも気にならない。同じように、教会に入るのも、小さなときから習慣化している。西欧の都市にある、教会の静かで自省できる空間の存在は、それだけでかなり魅力的だ。0921_13B教会とC教会では、そのような時間をそれぞれ1時間ほど持つことができた。もっとも、教会を出ると、すっかりまた世俗的な自分に戻っていて、このこと自体反省することしきりであった。C教会には附属の書店があり、須賀敦子が関係していたことでも有名である。

0921_14この日の最後になって、道に迷ってしまった。ペックという食料品店がどうしても見つからないのだ。街の人びとに聞くと、きりっとした若い女性の方が、親切にも、近くまで案内してくださった。地図上のインデックス線を見間違えていたらしい。娘がバルサミコ酢やかなり臭い匂いのチーズなどを購入していた。

0921_15夜の鐘の音が街を流れながら、今日一日が暮れて行く。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。