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2011/09/01

ピザと美女

今の季節には、来年度の卒業研究の申請書が集計されて、全国からわたしたちの手元に送られてくる。放送大学卒研の特色は自分でテーマを選ぶところにあると謳っているため、わたしたちが、学生の方と指導の先生方とをマッチングさせることに邁進しなければならないことになっている。

とくに近年、地域の学生の中に、自分の住んでいる近辺の先生に指導を仰ぎたいという方が増えてきている。つまりは、全国の大学の先生方にお願いすることになってきていて、これだけでも大変な仕事になりつつある。今日も、北海道から長崎まで学習センターの所長の方々へお願いを申し上げたところだった。準備の良い所長の方々が多く、すぐに先生方を割り当ててくださるので、たいへん助かっている。こんなに手広く、卒業研究を行っている大学は日本には、ほかに存在しないのではないかとさえ、考えている。

さて食べ物の話に移るが、横浜で予約を取るのがたいへん難しい、と言われている店がある、と妻が聞きつけてきて、これはかなり珍しいことなのであるが、予約を取ると宣った。こういう自発的行為(好意)は、最大限尊重する主義だ。

名前は覚えられないのだが、何とか地図を読み取って向かう。Cという店であった。イタリア語の場合、具体的なものと関連づけて覚えることができないことで、固有名詞が頭に残らないらしい。意味が分かっていないのだ。

行ってみると、まず、看板が出ていない。建物はデザイナー事務所でも入るようなレンガと大きなガラスの近代的なビルだ。ふつうのオフィスと言っても、通りそうだ。それほどに素っ気ないところなのだ。余程、料理そのものに自信があるらしい。入り口には、「今日は予約で満席です」という板がかかっている。

「注文の多い料理店」ではないか、と一瞬頭を過ぎったが、そんな空想を打ち消して、ドアを開いて、妻のあとから中へ入る。

この建物には、中二階や二階もあるらしいことはわかるが、そちらは見えない。わたしたちは1階に通され、この階はすでに4組の予約客でいっぱいだった。よくしゃべる女性のグループもいたが、席は程よく切り離されていて、落ち着いて食事が楽しめるようになっている。最初は、客席が一階だけにしかなく、4組だけのランチで贅沢だな、と思っていたが、それでは採算が合わないだろう。

ランチメニューは3種類で、軽いコースか、デザートが付くコースか、魚料理か肉料理のつくコースかで、それぞれ負荷される値段が異なっていた。もちろん、わたしども老人夫婦としては、軽いコースに挑戦だ。

料理でも何でも、最初が肝心だ。その点で、ここのスープは味わったことのない、強いインパクトを与えるものだった。といっても、それほどスープに詳しいわけではない。英国の田舎で味わったミネストローネが一番だと考えているくらいだから、わたしの舌は大したことないと自認している。けれども、これはじゅうぶん美味しくいただけた。もちろん、特別なものではないが、トマトソースの濃縮されたものに人参味のスープが加わって冷してある。つまり、スープでしかも冷えているのだが、サッパリ感ではなく、濃厚な食感を強調するものだった。デミタスカップで出てくるのも変わっていた。

Photo印象に残っているのは、何と言ってもピザだ。シシリアンと呼ばれていることから想像できるように、魚の香りと塩っぱい味のトマトソースの乗ったピザだ。写真からは、ふつうのトマト味のように、見えてしまうかもしれないが、味わいは魚味の強いものといえる。妻は、魚醤が使われているのではないかと言っていた。

以前に、銚子に通っていたときに、古い醤油屋の博物館があって、醤油が醤というものから発達したことを知って、原点にある味は、大豆中心のすっきりしたものではなく、魚などの入った臭いのきついドロドロしたものであることを理解していた。だから、それがイタリア料理の中に含まれていたとしても、それほど不思議ではない。良く合った味だ。今でも、そのピザの味のことを考えると、舌の付け根から唾が湧き上がるくらいだ。

じつは、料理の前に、S美術館に行ったのだ。「藤島武二・岡田三郎助」展を見て来たところだった。藤島の人物像と、岡田の三越ポスターは、わたしのように絵画にそれほど詳しくないものにとっても、戦前の日本美術の中でもとくに記憶に残っている。

Photo_2二人の画家を比較する意図は明らかだ。本質的な違いを際立たせようというところではないか。言われてみれば、黒田清輝の東京美術学校において、ほぼ同じような経歴を持っていて、それ以前はかなり異なるものの、また、その後の内容も相当異なるが、似た経路を辿っていることがわかる。大きな視点で見れば、この二人は後半生で、社会的な共通点が多い。ステイタス、絵画技術、環境、留学など、似ている。

だから、この二人を並べるならば、共通点を言うほうが、楽かもしれない。しかし、このように絵画を並べてみると、その違いのほうが圧倒的に目立ってしまうのは、表現ということの成せる技だと思われる。

女性の斜めに向けられた顔が描かれていて、わたしが覚えているのは、顎の線と、頬の白い部分だけなのだが、そこだけが記憶の中では、ぐぐっと迫って記憶にどうしても残ってしまうのだ。見る人の気を惹きつけて止まない。この印象にすぎないほんの小さなことであるにもかかわらず、これだけのために、この展覧会全体が存在するかのような、この現実はいったい何なのだろうか。

午後は、絵の印象と、ピザの塩味、これだけで一日の終わりを付けることができたのだった。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。