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2011/09/08

先端医療か、地域医療か

Photo_8川崎のチネチッタへ行く回数が増えている。時間があれば、やはりゆったりと、もちろん、気分の問題だが、観たいと思う。今日、グローバル化の最先端を行っていて、隣を歩く人が何語をしゃべっているのか、わからない街は数多くあるけれども、川崎ほど錯綜している街は少ないだろう。群衆の孤独と、都市の自由を味わうとしたら、この街を散歩するに限る。

M地方から帰って来てから、それこそあっという間に時間が経っていく。M地方では、ゆるやかに時間がすぎていたので、平静というのはこんなものか、と思っていたが、帰って来てしまうと、そんな時間感覚は、過去のものとなりつつある。平静とは、もっと忙しいものだったのだ。

Photo_9そんな中で、M地方をロケ地として撮った映画「神様のカルテ」が封切られた。この小説では、M平という信州らしい呼び方になっていた。これならば、M市も入るし、A野も含まれることになる。アルプスの山並み、黒と白のコントラストの城郭、適度な人口規模の小都市、そして比較的大きな民間病院を写すだけで、なぜこの街に日本中から人びとが集まってくるのか、という事情がわかってしまう。自慢しているわけではないのだけれど、この街の場合には、観光で集まるだけでなく、この地方へ住みたいと思っている人びとがいるということがあって、わたしの子供時代からの疑問だった。

北杜夫や辻邦生などが、学生時代をここで過ごしたという有名な例もあるが、わたし自身の経験でも、ここの大学を受験に来た人を、小学校時代に案内した記憶がある。山登りが好きだ、山が好きだという答えが帰ってくるのが不思議だった。

「神様のカルテ」は、M地方の大きな民間病院に勤めて5年になり、新婚一年目に当たる「イチシ」君が大学病院からの誘いを受け、進路に悩むが、一人の患者とのやり取りを通して、将来を決めていくという人格形成型ストーリーの「教養小説」映画だ。妻の「はる」とのやり取りも、心和むなあ。

イチシというのは、「一止」と書いて、ふたつを合わせれば、「正」ということになるらしい。このことは、盆地であるM地方の特徴を表していて限りないのだ。山に当たって、ちょっと考えるのだ。それは、かなり、当たっていると思う。この字に現れる「滑稽なまでの生真面目さ」という趣きは、いまでも健在だ。

映画のなかでは、つぎのように描かれていた。古い旅館を改造した寮を、友人が出て行くというので、「追い出し祭り」として、徹夜で飾り付けを作る。それに対して、その友人が笑ってしまえば、ユーモアということになるのだが、どうやら、ユーモアの一歩手前で引いてしまう。奥ゆかしいのか、真面目すぎるのか、いずれにしても突き抜け方に、スッキリさがない。何らかの引っ掛かりを必要としてしまうところがあるのだ。このような生真面目さを、ユーモアとして楽しんでしまえるところまで、あと一歩という感じである。わたしとしても、あと一歩手前で立ち止まっているところが好ましく、これを楽しみたいのだ。

このような「積極的な消極性」という性格は、九州や北海道の人びとから見れば、前世紀的で理解できないかもしれないし、M地方でもすべての人がこのような性格をもっているわけではないが、やはり昔からの、山に閉ざされているという地域特有の性質を具現しているところがあり、その結果として、このような性格が定着したのではないかと思っている。

主人公が悩む「先端医療か、地域医療か」というモチーフは、かなり現代的な問題だ。医療に限らず、あらゆる産業の問題でもある。技術進歩を重視するのか、それとも、サービスの厚さを重視するのかという、問題を孕んでいる。そして、この両方を狙うことができる地方は、日本の中でも限られてくるだろう。その意味でも、M地方の特色が出ていたと思う。

街の中心地から、城山のほうへ登っていく坂道は、わたしの少年探偵団時代には、それほど馴染みのあった街ではなかったが、合唱団のコンクールや学校訪問で訪れた時があって、この辺りにあった高校から、街を眺める景色と似ていて懐かしかった。この街に残っていたら、誰かと眺めていたであろう景色である。

Photo_10さて、「支援学」という学問分野が始まって、すでに四半世紀が経ってしまった。その間に、学問分野が広がったのはたしかだけれども、それ以上に、現実の広がりはもっと広がってしまったと言える。支援モデルの中核の一つは、明らかに「医師」モデルであったことは間違いない。クライアントに対して、どのような助けをおこなうことができるのかが本質的な問題であったのだ。

「神様のカルテ」は、一人の患者とのやり取りを通して、この「医師モデル」の痛いところを、間接的に突いている。この物語は、今後も姿を変えて、品を変えて現れるだろう。今後も、注目して行きたい問題だ。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。