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2011/09/20

支援することと支援されること(ピエタ)

0921今朝は、朝の七時半に近くのドォーモの鐘が鳴り響き、頼んであった朝食が、部屋に運ばれてきた。この古い建物のテラスで食事を取ることになった。朝から快適な一日が始まった。生絞りのジュースが美味しかったし、パンも素朴な味で、このあと、この種のパンが毎日出たが、この宿のパンが一番おいしかった。

0920今日の目的は、念願のロンダニーニのピエタを観ることと、ミラノを舞台とした19世紀の小説の跡を辿ることにあった。ダンテ通りを北に、徒歩5分で、スフォルツア城へ着く。城周りを一通り観たのちに、中へ入るが、思った以上に収集品が充実していて、なかなか目的のピエタ像にはたどり着かない。

0920_2ロンバルディア地方は、昔から交通の要所であったために、多くの石像が残されている。とくに、興味を引いたのは、唐草模様となった葡萄の意匠が変遷して行くのが面白かったことだ。0920_3

それから、縄文土器と弥生式土器の時代が、日本にあったように、ロンバルディアにも、粗っぽいロマネスク様式から、ロンバルディア派が生じて洗練されて行くのを見ることができる。

0920_4問題は「ロンダニーニのピエタ」だ。ミケランジェロの最晩年1564年の制作で、最後死の三日前まで作っていたと言われている。他のピエタの解釈には二つの解釈が並んで来たと言えよう。一つ目はピエタそのもので、マリアのキリストに対する哀れみの情が表現されたものだ、という解釈で、最も古典的なものである。この場合、マリアの情をキリストへ注がれるものとして、いかに写すかが問われることになる。ところが、ミケランジェロは最初の構想を翻して、キリストの顔の位置をマリアの右肩へ移動することになる。そこで、にわかに、ピエタの意味が異なるものになったと言われている。

09204_3二つ目は、キリストを中心に置いた解釈があり、マリアを背負っているキリストという解釈があり得るだろう。クライアントは、精神的には、支援者を逆に支えている面をもっている。支援論的にいえば、キリストの位置から、マリアの位置をワンアップしたと解釈できるかもしれない。

09208三つ目が微妙な位置づけだ。ミケランジェロが第一構想から第二構想へ移る過程で、これまで二つの別の像を描いていたミケランジェロは、マリアの右肩にキリストの顔を描き始める。これによって、クライアントと支援者が一心同体となる。あたかも、二人の像が一人の像の如くに一体化する契機が訪れることになる。これは、協力関係というものの、一つの理想を表現している。

092010さて、問題は第一構想と第二構想との関係になってくる。なぜミケランジェロは当初の構想を捨てて、第二構想へと移行したのか。上記の第三の理由があるからなのだろうか。けれども、右腕が残されていて、未完の状態であることによる、この作品の力というものがあるように思われる。第一構想があり得たから、第二構想があり得たのであって、両方の動的な過程そのものが、このピエタの作品の力なのだという解釈はどうだろうか。

09206ベンチに座って、1時間ほど眺めた。「support」ということを考え出したら、この像から離れることが出来なくなった。どこかに書く機会があったら、再挑戦してみようと思う。

0920_5さて、途中、多くの彫刻があったのだが、そして写真のような他の作者のピエタ像などもあって、それらはわたしたち素人が見ても十分に2時間はかかる行程だった。が、それは日記に任せておいて、一気に問題の像へきてしまった。0920_6娘は別行動をして、途中の展示物で、皿に描かれたマリア像が気に入ったらしい。25歳以下は入場料無料という制度があって、それも利用したとのことだ。

0920_7当初の予定を大幅に超過して、まだ半分も終わっていないことに気づき、昼食を食べたあと、もう一度戻ってくることにする。お昼は、昨夜の散歩のときに目星をつけておいた、コンヴィヴィウムというレストランへ入る。まずはリゾットとピザを食べることにするが、前菜あたりでお腹がいっぱいになってくるほどの量であった。ワインはTという銘柄で、たいへん美味しかった。名前を教えてもらったのはよいが、特別な醸造所らしく、どこの酒屋へ行っても、置いてないと言われ、ついに手に入れることはできなかった。

0920_8スフォルツア城の収集品では、絵画も後期ルネッサンスを中心にして、充実している。偶然なのか、工事中でこの16世紀の部屋に最初に出て、それから前後の時代を順に見ていくような通路構成になっていた。これから始まるヴェネチア派の前哨戦が始まったという感じである。0920_9やはり、ヴェネチア派のティントレットの肖像画はすこし違っている。

その後、陶器博物館や楽器博物館などを回ることになるが、それも全体から見れば、一部に過ぎず、いくつもの美術館・博物館で構成されていて、すべての開館状況を把握している人もいないらしい。0920_12それに、お昼の休憩時間が長く、途中で数時間入ることができないところがあるのも、要注意である。

0920_10最後にひとつ、陶器博物館を回っていたら、18世紀ウェッジウッドのクリームウェアで出来たカップ&ソーサーを見つけた。ヨーロッパの貴族は、このようなところは、抜け目ないところだ。

0920_14最後は、歩き疲れてしまい、城のちかくのカステロというバールで街を眺めながら、一休み。その前から、ミラノの街見物のツアーバスが出ているらしい。0920_11どのバスも二階建てで、満員だった。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。