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2011/08/06

表に現れないこと

Photo_2毎年思うことだが、夕方から朝にかけての涼しさは、やはり信州へきたな、という感じがある。朝も、気温は高いにもかかわらず、湿気が少ないせいだろうか、暑さをそれほど感じない。

Photo上諏訪駅前にある長野学習センターへいく道が整備されていた。昨年ちょうど工事中であり、ハンコ屋さんの古い建物がブルドーザーによって、一瞬に倒されて水が撒かれた現場を通った思い出がある。なぜハンコ屋さんを覚えているのかといえば、放送大学では出欠簿へハンコを押す習慣がまだ残っていて、ときどき家にハンコを置き忘れてくるために、全国のハンコ屋さんに馴染みがあるのだ。今回は大丈夫だったが。

講義は10時に始まり、17時15分まで、途中昼食をはさんでいるが、それでもたっぷりと講義時間をとっている。今年は、格差問題をずっと面接授業では行なうことにしており、徳島や大分ではそのとおりにしたのだが、長野だけは昨年までのテーマの「芸術文化の経済社会アプローチ」を行なうことにしていた。もうすこし議論して確かめておきたかったことがあったからだ。

その一つは、学生たちの芸術文化体験を俎上に乗せようという試みだ。なぜ芸術文化が社会にあり得るのか。という問の前に、原体験としてまずはどのような体験を持っていたのかを聴くことから始めることにしていた。社会科学が経験を苦手とし始めたのは、ちょうど近代になって、実証学問が幅を効かせるようになったからである。だから、それ以前の原初的な感情をどのように社会的な研究に導くことができるのか、経験から始めてみたいと思ったのである。

今回も、参加者が興味深い体験を語ってくださった。たとえば、なかでも印象的だったのは、芸術文化の表現する者と鑑賞する者との側にわかれて、まずは語られたことだ。本来、人間のなかでは、両者は融合されているものだと思われるが、それが人生の流れのなかで、どちらかに偏って出てくるという傾向のあることがわかり、興味深かった。だからこそ、社会の中では、表現者と鑑賞者との間の相互作用が重要になるのだと思われた。

表現者の方では、中学生時代に吹奏楽団に所属していて、クラリネットから金管へそして打楽器の大太鼓をたたくようになった経験を語ってくださったNさんがいた。そのなかで、重要な演奏会の最後、太鼓を打つべきところで打つことができずに終わってしまったことがあったという、このNさんの体験は誰にでも共通していて、あたかも目の前に見えると思えるほど痛烈なものだった。評論家のチェスタートンの逸話が思いだされた。芸術家の健全性とはなにか、それは苦無くして美しさを生みだすことができることだ、といっていた。強迫を感じてしまうと、美しいものも苦しくなってしまう。

さらに、原初的な相互作用として、「母の讃美歌」という体験を語ってくださったFさんの言葉はとりわけ印象に残る言葉だった。母が讃美歌を歌うときには、特別な感情がその裏に隠されていて、それが子供として悲しかったということだ。芸術文化で何が伝わるのかということを考えた場合、表に現れることよりも、むしろ表に現れないことのほうが重要である場合があるということではないか。

Yさんは、M市の市議をしていて、ちょうど芸術文化政策についての市政質問を行なったところで、なぜ芸術文化が赤字体質を持っていて、公的な援助を必要としているのか、という今回のテーマにぴったりの問題意識を持って、参加してきた。これについては、今回取り上げる交響楽団の経済学や、職人経済のあり方は参考になっただろうと思われるが、いずれご意見をお聞きしたいものである。

参加者に対して、ちょっと謝らなければならないのは、放送教材では「コーヒー文化」と「ワイン文化」も取り上げていて、これについての講義を聴きたかったとおっしゃる学生の方もいて、今回は残念ながらリクエストに応じられなかったことだ。駒ヶ根市から参加したYさんは、コーヒーの焙煎師を目指しているとのことで、焙いた豆を持ってきてくださった。後日、有り難く、味見してみたいと思う。

Img_2929_2夜は、恒例のうなぎ屋Fでうな重を食べた。毎年、伯父さんとこの店で会うことを楽しみにしていたのだが、今年から高齢のために東京へ引っ越してしまったために、会えなかった。代わりに、先祖の菩提寺S寺にお参りをしてから、こちらの店に回った次第だ。

Img_2932隣には東京からの研修できている社員グループが座っていて、聞き耳を立てていたわけではないが、聞こえてきてしまった。社員特有の先輩から後輩への訓示が飛び交っていて、面白い会話を楽しんでいた。世代は巡る。

Photo_3夜の花火大会は、毎日15分ずつ一ヶ月間ずっと行なわれており、ことしも華やかだった。明日も晴れそうだ。台風の影響で天気が心配されていたのだが、暑気に勢いをそがれたに相違ない。ずっと逸れてしまったようだ。湖の青と空の青がまぶしい朝がまた来るのだろう。


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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。