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2011/08/10

真夏の夜の夢、あるいは「マイクロ発電ファイナンス」

Photo_4放送大学からメールが届いて、幕張本部地区の電力使用量が許容量の1200キロワットを超えそうなので、各研究室でも節電して欲しいとのことだった。他の大学でも同様の状況ではないかと思い、W大で発表されているインターネット上の電力使用量グラフをみると、これまで昨年を下回る使用量を記録して来たのだが、ここ2,3日に限って、昨年を上回っていることがわかる。とくに、午後のピーク時には大幅に電力が消費されていて、まさにここのところは危機的であることがわかる。

さて、何が関係してくるのかわからないのが、人生の良いところだ。信州の山奥に籠って、仕事をしているのだが、毎日散歩をしていて、今年はダンプカーの往来が激しいと感じていた。どうしたのか、と思っていた。その原因となっている場所まで、散歩の足を伸ばす。

Photo_5近くに渓流があり、かなり勢いのある、水量豊かな用水が流れているが、どうやらその脇に工事現場があるらしい。猿山に向かってちょうど急な斜面が始まる辺りだ。歩いて行くと、突然巨大な掲示板が現れた。

Photo_6この掲示板は、写真に見えるように、「現場作業」という仕事を考える材料としては、たいへん興味深い情報を提供してくれている。まず目に飛び込んで来たのは、「危険予知活動表」という、凄い名前の付いている版だ。内容は、今日一日の作業工程のチェックリストである。図入りで、作業で何を注意すべきかが、一目でわかるように書かれている。おそらく、今朝現場の作業員がここに並んで、現場監督がこれを掲げながら、今日一日の工程をチェックしたのだと想像できる。

Photo_7現場作業という仕事は、サボろうと思えばいくらでも理由がつくし、他方急ごうと思えば、いくらでも効率良い作業を図ることができる。だから、妥当な作業を毎日行うには、それなりの現場の工夫がいるのだ。一般論としては、このようにわかっていても、それじゃ、実際にどうなのかといえば、現場でしかわからないことが多い。このような意思統一をおこなっているのだ。

Photo_8次に目を引いたのは、注意訓である。項目ごとに、なるほどと思われる、日常の教訓がまとめられている。自分の仕事にも、当てはまることが数多くあるなあ、と感心する。

安全・安心を図示するとしたら、このようになるのだろうな。細かいところでは、熊と出逢ったらどうするのか、蜂にされたらどのような注射を打つのかまで、書いてあるのだ。

Photo_9どうやら、発電所が建設されつつあるらしい。3.11以前から、東電でも五月雨式に多く計画されつつあった、マイクロ発電がここでも計画されているのだ。この近辺には、すでに三つ存在し、さらに、もっと大きな規模、つまり「小水力発電」と呼ばれる規模の発電所がここに建設されている。将来、原子力発電に期待出来ないならば、このような代替的な方法をいくつか、多様に確保しておく必要があるのだと推測される。

Photo_10ダムは必要としないで、落差が少しでもあるような農業用水や下水施設で、マイクロ発電は可能なのだということだ。だから、村の水車で発電する、という発想なのだと思われる。昔の小さな水車というイメージが、発電で復活しているのだ。ここでは、近くの籠川からの用水が山腹を突き抜けてかなりのエネルギーを温存して、走り出ている。水車としてもかなりの優秀な水車を動かすことができるらしい。

1掲示板を見ていたら、白髪で人懐こい感じの現場監督が現れて、見て行きますか、と誘ってくださった。じつは、これからあるグループを案内するから、一緒にどうぞ、ということだった。話していると、クルーザーに乗った10数人の方々が到着して、説明を聴き出した。どうやら、関西のR大の夏ゼミで、大町市の高瀬ダムを見学に来て、さらにマイクロ発電施設を見学して回っているらしい。先生と思われる方が3名で、学生が10名ほどのグループであった。

Photo_11発電施設は、それほど大きくはない。水路とタービンを保護するだけだから、1年ほどの建設期間で出来上がるそうだ。用水路から、発電水路へ分けるところの工事が施設の奥の斜面に向かって行われていた。用水路は、写真にあるように、大きな口径の鉄菅から、一定量が制御されて導かれる。横に用水路が流れる。

Photo_12なぜ直接用水路で発電を行わないのか、という工学的な質問を先生方は飛ばしていた。用水そのものには、枯葉などの余計なものが流れているし、季節によって水量も違うだろうから、何処かで制御が必要だ、と答えていた。写真には、滝になる程の激しい水流が写っているから、これを制御するとなると、それ相当の施設が必要となろう。

Photo_13けれども、疑問に思うのに、なぜこれまでこのような素晴らしい発想が、表に現われなかったのであろうか。どうも、発電施設の規制が厳しかったらしい。管理者などを常駐しなければならないとなると費用は嵩む。おそらく、ここはコンピュータで遠隔管理されるのだと思われる。農業用水の権利についての規制もあったのではないかと思われるが、それらの規制が緩和されたらしい。そして、最大の理由は、規模の経済性だと思われる。大規模にしないと採算が悪いという事情があったと推測される。

Photo_14いずれにしても、身の回りのマイクロなエネルギーにも、わたしたちは意識しなければならない時代に生きているということだと思われる。この小さな発電所で、1000キロワットが発電され、約600世帯分の電力がまかなえるということである。減価償却された用水の二次利用というのは、経済衰退期にあっては、本当のところ、かなり良い発想だと思われる。

こうなったら、大学もそれぞれひとつずつ、小さな発電所を作ったらどうだろうか。放送大学の使用量が、ちょうどこの発電量とほぼ一致しているのも、何かの符合ではあるまいか。何が言いたいのかといえば、次のような空想も面白いではないか、という「真夏の夜の夢」である。

すでに、地方公共団体がこのようなマイクロ発電を企画して、東電に電力を売却する事業の存在することは知っている。もっと進めてみることは可能になりつつある。首都圏にある民間企業体・大学・その他の団体が、山間地を借りる。そこに流れている川を利用して、マイクロ発電を行なう。この電力を東電に仮託して、送電線を利用して、首都圏に送ってもらう。発電と同等量を首都圏で受け取る。余った電力は東電に売る。「マイクロ発電ファイナンス」と名付けたいが、いかがだろうか。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。