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2011/08/07

芸術文化はなぜ赤字構造なのか

二日目の面接授業に入った。問題は、なぜ芸術文化活動が赤字構造になり、これに対して、公的援助をすべきか否かという点である。この問題をじっくりと学生の方々と議論しておきたかった。

結論を急ぎ、社会経済的にまとめるならば、9つくらいの考え方があるのだが、なかでも需要面から「市場の失敗」が起こるとする「外部効果説」、あるいはもっと限定的な「公共財」効果をあげる説が有力である。もちろん、これに対しては、近年には新自由主義的な立場からの反論が急追しており、芸術文化活動に関する解釈には、きわめて対立的な構図のあることを示している。

さらに、このことは、規範的な面からの対立にも反映されている。芸術文化領域に関しても、経済社会と同様に、みんなが芸術文化を楽しむ権利があり、公平性が保たれるべきだという立場と、これに対して、趣味文化領域に近いことについては、個人の選択に任されるべきだという立場の対立が大きな問題となっている。もっとも、この辺までは、新自由主義と社会民主主義の対立構図を、経済政策から発展させて、文化政策にもあてはめることで、整理ができるので、学生の方々も理解しやすいらしい。

その後がじつはもっと問題があり、興味深い分野へ入ってくるのだ。芸術文化活動の供給過剰説やコスト病仮説、文化財ストック説などがあるのだが、今回わたしはこれらのほうをむしろ力を入れて解説を試みたのだ。そして最後に、いつのものように、9つの説についての説得力を学生のグループごとに評価してもらった。

その結果には、長野学習センタークラスの特徴が表れていた。公共財的な性格を特に評価しており、中でも「外部効果」の存在することが、芸術文化であると考える方々が大勢を占める結果を示した。たとえ赤字体質があっても、公的な援助を行なって、国民全体の公平な享受を図るべきだという意見が表に出てきた。そして少数派として、新自由主義派、コスト病派が見られる結果となった。他の学習センターと比べても、社会民主主義的な傾向の強いという、クラス特徴が現れたのだった。

さて、スクーリングは恒例の拍手で幕を閉じ、学生の方々も電車に合わせて、早々に家路に着いたのだった。

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上諏訪には、古くからの街並みが残されていて、街をすこし歩けば、古い土蔵や壁が至る所に見られる。また、諏訪湖畔には、絹紡績産業が華やかなりし頃に建てられた、大浴場と市美術館が入っている「片倉会館」や文豪たちが泊まって、文筆活動に勤しんだ旅館群がある。

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岡谷の蚕糸博物館を見学がてら、わたしの面接授業に参加してくださった神奈川学習センターのKさんと一緒に、薬用酒Yが経営する信州豚のレストランで夕飯を食べる。そのころには、昨晩に続き、花火が打ちあがり、夏真っ盛りを感じさせたのだった。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。