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2011/08/08

士族の湯と庶民の湯

何度も湯に入ることができるのが、温泉地の良いところだ。地元の人たちが朝湯に入ってから仕事に就くという習慣も、温泉地ならではのものと言える。こんな恩恵に浴することは滅多にないので、早速温泉に赴くとすでに複数の客が入っている。考えることはみんな同じだということだ。

Photo_8妹から戸籍を調べてみたらと言われていたので、朝の散歩を利用して、宿から5,6分のところにある諏訪市役所へ向かう。この暑さのなかで、すでに秋を感じさせるコスモスの花が咲いていた。Photo_9途中、先日の映画「八日目の蝉」に出て来たような写真館がにゅと現れたので、早速写真に収めたが、こちらはすでに閉館したようである。けれども、街の人々がたくさん写った写真が飾られていて、役割を終えてからも、街の記憶装置としての役割をまだ保っていることがわかった。けれども、もう少し違った再生の方法もあるのではないかとも思うのではあるが。

Photo_11市役所は高島城の隣にあり、この城を巡っては、あまり詳しいことは知らない。有史以来、武田の治世時代も、街道の要所であり、かつこの地方の中心を成していたので、豊かな城下町であったことは確かだ。この城も昔はもっと大きかったらしく、路地を入って行くと、三の丸温泉にぶつかった。身分制きびしいときには、士族の湯と、庶民の湯とが異なっていたことがわかった。

Photo_10また、三の丸跡には、現在では有名な味噌醤油の会社がはいっていて、イメージ通りの黒く、長い壁が、周囲との間を隔てていた。

戸籍のほうは結局空振りで、明治元年まではすでにわかっていたのだが、それ以前は戸籍には残っていないそうだ。近世研究家の論文を読む機会があって、文書に残っているところでは、先祖様は当地で鉄製品の農機具などを商っていたらしい。その関係で、群馬県にあった「たたら製鉄」の鉄山にも、出資していたこともわかっている。

その後、本家と分家の間で、養子のやり取りがあり、複雑な家系を形成してきたらしい。何度も伯父さんから、近代になってからの電気製鋼業を営んでいたころのことは聞いており、論文も読んではいるのだが、何しろ当時はそういうことに関心がなくて、家系についてはキチンと記録に残していなかったのが悔やまれる。宿を早々に引き上げて、旅支度をする。


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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。