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2011/07/05

赤ずきんへの期待と、「ダグ」の懐かしさ

午前中、徳島の面接授業で集めたレポートの添削を終えて、ポストに投函する。台風で一部の授業を中止せざるを得なくなり、その代替処置として、レポートを書いてもらった次第である。台風で講義が中止になったのも初めてだったし、レポートで代替というのも初めてだった。

Photo_5空は青、風は強く、けれども暑さは強烈な昼だった。夜が遅かったせいか、階段を登る頃には、すっかり逆上せてしまって、途中でダウンしてしまった。そこで、涼を取る作戦に転換して、新宿をめざした。

Photo_2久しぶりの新宿駅前は、すっかり近代的になっていて、平面的なガラスの壁面が並ぶ街並みになっていた。その典型が新宿ピカデリーで、全く新しい雰囲気を持っていた。びっくりしたのは、時間を潰したいと考えていた、喫茶店「ダグ」がどういうわけか、すぐ隣にあって、昔の距離感とひどく違っていて戸惑った。表通りからみて、この通りの雰囲気を作っていたのはダグのほうだったのだが、映画館というのは目立たなPhoto_3い建物だったのだが、今では、ガラス張りのたいへん目立つビルに生まれ変わってしまった。裏の立ちうどん屋はどこへ追いやられたのだろうか。裏のダグは無くなってかなりが経つが、どこが地下への入り口だったのかもいまではもう分からない。

でも、ダグも雰囲気だけは残していて、古いレンガと椅子とすっかりくたびれた床が似合っていて、テーブルに置かれたコーヒーとチョコケーキが落ちそうだった。危うい均衡を保っていた。時間は、ビル・エバンスのワルツにPhoto_4乗って、熱い空気とともにゆったりと流れていた。映画の時間がなければ、昔のディグ時代のように、半日は過ごしたいと思った。そのような場所の雰囲気をようやく保っていた。

問題は今日の映画「赤ずきん」である。昼の上映だというのに、すでに満員で両隣にまで客が詰まっている。

赤ずきんの新たな解釈であることを謳っているサスペンス映画だ。狼とは何か、を問いたいらしい。グリム童話の残酷をうまく描いているのだが、残念ながら途中から、グリム童話の世界から決定的に離れてしまっていた。観客は小さなころに想像した赤ずきんのほうに興味があり、それが大人になってからも、そのイメージを維持できるのかを期待してきていた。けれども、どうもそれは満たされなかったといえる。

狼がおばあさんを襲うところの解釈は、そうかもしれない。けれども、娘や、実の母親を手にかけるだろうか。童話のなかで、決定的なところは、おばあさんを飲み込んで、ベッドで赤ずきんを待つところだ。大きな目の、大きな耳の、大きな口のおばあさんは、ほんとうのところ、この物語から絶対に外すことはできないはずであるのだが。


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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。