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2011/06/12

効率的な私生活

またまた親密圏の話である。両方ともに、公的生活に対して、私的生活がどのように絡んでくるのかという関係性を明らかにしている。

ひとつは、私的生活が公的生活に影響を及ぼす関係である。映画「マーラー」は、妻のアルマを通じて、はじめは双方にとって芸術生活のインスピレーションを得るものとなってプラスに働いていたが、途中からそれはアルマの芸術生活を抑制するものとなっていく。

芸術生活では、しばしば家庭生活は、プラスとマイナスの間を振れることになる。マーラーにとって、アルマはどのような存在だったのか。この映画では、フロイトを登場させることで型どおりの解釈を提供している。

潜在意識の抑圧というフロイト的図式は、たいへん便利だが、果たして今回は当てはまるのだろうか。近代的図式では、男は公式的な支配を行い、女の才能を欲圧したとされる。

ほんとうのところは、どうだろうか。近代以前の問題に帰ってしまえば、芸術家特有の問題として、家族形成に失敗した物語はいっぱいある。それは、主として個人の自由の問題として描かれてきた。家族をはじめとして、企業組織であっても、個人の自由に対しては、抑圧的な関係にあるとされる。この結果、精神の自由を求める「芸術家」は創作意欲を無くしてしまうとされる。もっとも、この関係は単純ではない。

もうひとつも、親密圏と公共圏の問題である。親密圏では家族以外の人との出会いが重要だか、これほどの偶然性のある出会いも珍しいし、けれども確定してみるとこれほど当たり前の出会いもないのではないか。

つまり、合理的に考えれば、デザイナーのイヴ・サンローランのような例は、ヨーロッパでは普通にあり得る形態である。ほぼ完全に経済圏と公共圏と親密圏が重なってしまう。あるいは、合理的に重ね合わせてしまうことが可能であったとしたらどうなるのであろうか。

ほぼドキュメンタリータッチで描かれる映画「イヴ・サンローラン」は、この歴史的実験に挑んだ記録映画となっている。ヴェルジュはイヴのビジネスパートナーであり、アナウンサーであり、かつ生活のパートナーでもある。ほぼ50年間に渡って、イヴを支え続けてきた。そして、最後にイヴが亡くなって、遺品を最終処分することで、彼らの関係を清算しようというのが、この映画の趣旨である。

ランボウの言葉である「火を起こすもの」が、何回も繰り返されていて、イヴ自身が芸術性に飢えていて、たえず活火山として、人並み以上の熱を発散し続けた。けれども、これには限界があり、私生活の中に「火を起こすもの」を持ちこんだ途端に、他の生活に影響を及ぼし、最後はイヴの精神まで危機に陥らせてしまう。

ワーク&ライフ・バランスなどと部分的なことを言わずに、完全なバランスを取ろうと考えるならば、どのような方法があり得るだろうか。ひとつは経済圏と親密圏の「完全な分離」であり、わたしたちが近代化の中でこの方向へ歩んできた。もうひとつは「完全な融合」だと思う。そんなことができるのか、というように思えるし、実際にはかなり厳しい現実が存在し、このような特殊な状況であるということで可能になったという性質があるのだ。

そして、ここに壮大な実験が成立することになる。映画「イヴ・サンローラン」は、後者の場合を描いている。逆説的な意味で、きわめて超近代的だと思う。すべての家族的なものを、ビジネスへ融合してしまうのは、普通の人は躊躇する。けれども、あえてこのふたりはこれに挑んだ。

挑戦というのは、聞こえはいいが、結果からみると、これしか道がなかったのかもしれないし、失敗の原因も当初から内包されていたともいえるかもしれない。いまだかつて、この二つの役割を前近代的な方法ではなく、超近代的に融合させたこれほどの例は存在しないからである。どうだと言われたとしても、少なくとも、わたしはごめんだ。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。