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2011/06/24

鳥と虫、自然との出会い

さて、長谷川潔展の最終日が迫ってきてしまった。大回顧展だというので、どうしても行きたかった。以前、山梨美術館で、水彩画特集を行なっていて、スペインだったと思われるが、素敵な街並みの一枚を見たことがある。版画家のイメージが強いが、今回は幅広い作品が展示されているらしい。水彩画も期待できるかもしれない。

以前、神奈川学習センターに勤めていた時代に、地域発信の面接授業シリーズを企画して、美術館と博物館と、各種の資料館にお願いして放送大学の面接授業として、連続した講義を受け持っていただいたことがある。

当時の執行部とは、逆行した方向性だったので、その後すたれてしまったのはたいへん残念であった。その講師陣の中に、当時横浜美術館に所属していたS先生がいらっしゃって、長谷川潔の研究書を出版なさっていた。講義もお願いすることになっていたことを思い出した。

初期のぼかし絵彫のところで、明らかにそれまでと異なる転機が生じていると思われた。もちろん、絵心というのか、あらゆるものを絵として捉える考え方は、銀行家の裕福な家で育って、小さな頃から身についていたらしい。この時代だけでも、見る価値があるが、やはり詩集や書籍の装丁を受け持ったというイメージの想起には、想像を超えた絵心が発揮されているように、素人目にも感じるものがある。

Photoたとえば、鳥に喰われた虫の図。彼は単純な構図の中に、自然界と人間の想像力の交錯を一瞬のうちに成立させてしまっている。デザイン本能というものがあるとすれば、まさにこれがそのようなものに違いないのではないか。自然との出会いにおけるほとばしりが象徴的に見て取れるのだ。

樹が語りかけてくる「ボンジュール」。という作品なども、精神の自由さを感ずる作品だ。自然界と波長があってしまうという、状況が微笑ましく、想像するだけで、こちらの精神にも影響を及ぼすものだ。自然界のものには、そのような意味で、何か欠けているものがあり、それを満たすことが出来るのが、絵心なのかもしれない。

実際のところ、相手が人間であったとしても、向こうからの働きかけを聴き、適切に受け取り、それに徹するということはかなり難しい。日夏耿之介や堀口大學たちの声はいかばかりであったことか。これまで見えなかったものが、見えてくるというのは、わたしたちが論文を書くときにも感じることであり、論文を書く一つの動機でもあるのだが、それと同じようなことが生ずるらしいことがわかって、面白かった。残念ながら、期待していた水彩画の一枚は展示されていなかったが。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。