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2011/06/07

座談会にて

放送大学には、ON AIRという8万部を発行する広報誌があり、学生の方々へ配られている。ここで先生方の座談会がときどき取り上げられる。今回は、わたしたちのコースにお鉢が回ってきて、T先生が司会をして、エネルギー革命と社会変化を巡って議論を行なった。エネルギー変化によって、どのような変化が現れたのか。その功罪は何か、などがテーマとなった。

討論者たちは、それぞれの専門分野から発言するので、多面的な見方を提供する座談会になったと思っている。ぜひ紙面で見かけたらお読みいただきたいと思う。わたし個人としては、放送大学の取材で、かつて巡ったところが思い出されて仕方なかったというのが、感想だ。

思い返してみれば、近代化とエネルギー転換は、ベルなどの文明批評家によってかなり取り上げられてきているので、すでに記憶の片隅に追いやられていた。けれども、今回思い返してみると、これらの事象はずっと考えてきたことだった事を思い出した。

木炭から石炭へというエネルギー転換については、英国のシュロップシャー州のアイアンブリッジに取材に行ったことがある。印象に残っているのは、コークスを使うようになった高炉がそこにあって、最初の段階からかなり大きいな、という感じをもったことだ。大きさからすれば、150年後の八幡製鉄所に出来た近代の高炉に引けを取らないものであった。つまり、大規模化という事の象徴として、製鉄業の高炉は存在しており、生産性向上の最先端を当時からいっていたのだ。

規模の経済性を絵に描いたようなものだった。尤もその後、この大規模性ということがじつはかなりの問題を起こす事になるのだが。

日本におけるコークス使用の高炉は、幕末期に出来た。釜石市からタクシーに乗って、45分も掛かって行った事も、鮮明な記憶として残っている。いつも、ロケハンと収録の二度は足を運ぶために、印象もより深いものとして残されているのだ。

それから、エネルギー革命という点では、石油産業の発祥の地である米国のペンシルベニア州のタイタスビルへいった事も印象深く、今回も思い出された。原油を井戸として掘り出すという発想がなぜ出て来たのかがよくわかる場所であった。

そしてさらに、極めつけはスタンダードオイルの本拠地を訪れたことだった。産業中心主義から、サービス業・金融業中心主義へ転換していく、近代社会の転換がエネルギー産業を中心として、ここでなぜ生じたのだろうか、ということを、ニューヨークのマンハッタン島にある本社前で取材しながら考えたことも思い出した。

現代に起こったエネルギー総合商社たるエンロンが、なぜ失敗し倒産したのかということも、遠因はエネルギー産業が持っている不確実性を金融的に処理しなければならないということにあることも、じつは見えてくるということも、今回は確かめることができた。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。