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2011/06/27

日常生活の奇跡

最近、意味わからないということをメールで言われたことがあって、その方がコミュニケーション関連の専門家だったので、字義どおりに受け取って、意味について返信したところ、どうも上手くこちらの意図が伝わらなかったことがある。

是枝監督「奇跡」では、この「意味わからない」が多用されている。いろいろな意味に使われていて、かつての使い方からすれば、ほんとうに「意味わからない」のだが、どうやら、「不満である」、「気に入らない」という意味に近いと思われる。

このような意味のズレは、当然折り込み済みなのだが、それでも「意味わからない」という言葉が、意味を問題にしているのではないと知ったことは、現代社会の現状を知る上でたいへん象徴的なことではないかと考えられる。映画の中に記録することに値する現象だと思われた。

映画「奇跡」では、じつはこの言葉に象徴させられているように、個々の意味はそれほど関係ない。むしろ現実が進んで行き、子供達がその現実の中から、自分たちの進むべき道を柔軟に選んでくることが、「奇跡」であり、言い換えれば「希望」であると、言えるのではないかということである。何か企てを行ってはいるが、奇跡的にそれが変わるわけではないことを淡々と描いている。この手法は、彼の過去の作品である「歩いても歩いても」に共通している。

中で使われているインタビュー方式も、それほど新しいわけではないが、子供に対しても、どの程度この手法が使えるのかというところだと思われる。ところで、家族が離れ離れになって行くことをどのように解釈したら良いのか。主人公の子供達がどのへんで現実と折り合いをつけたら良いのかというところが見所だと思われる。

田舎の夫婦だけの家に、偶然子供達が飛び込むと、そこに思いもかけなかった人間関係が成り立ってしまうのだ。このような田舎では日常当たり前のこと自体が、ほんとうのところ「奇跡」なのではないかと思われる。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。