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2011/05/02

親密圏の問題

ストレスの溜まった一日をふり切るには、良い映画を見るのが、いまのところ一番の方法だ。映画「八日目の蝉」を観る。Photo_2家族あるいはその周りを含んだ、いわゆる「親密圏」を問題にしている映画だ。

家族とは何だろうと考える。たとえば、生後すぐから、4歳までの間に起こった家族間の出来事が、すっぽりと記憶から脱落したとしたら、どうなるのだろうか。映画の効用はいろいろある中で、自分に帰ってくる問題があると、その映画が二重の役割をもって、こちらに迫ってくる。

もしわたしの娘と息子との間で、それぞれのあの4年間が無かったとしたら、家族と呼べる関係を築くことができたであろうか。夜泣きが激しくて、小学校の夜の校庭を散歩して、きれいなひまわりをみせて歩いたこと。突発性の熱で医者に駆け込んだこと。絵本をいっしょに読んで寝かせたこと。ピクニックで寝転びながらお弁当を食べたこと。コーヒー屋へ連れて行って、アイスクリームをひっくり返したこと。幼稚園へ送る自転車でわーとスピードを上げたこと。手で空気をつつんで、子どもに渡し、これは大切なものなんだよと遊んだことなど。映画に触発されて、過去の情景が蘇ってくる。

これらの記憶が無くても、友人関係と同じで、会っているときが良ければ、家族関係が存在するようにも思えるときもある。養子関係という関係もあり得るし、実際にも成立しているのだから、それ相当の覚悟があれば、家族関係を築くことは不可能ではない。それは確かだ。さてそれで、本当のところ、血縁の家族ではない関係でも、養子関係以外に家族関係を結ぶことは可能だろうか。その場合に何が不可欠になってくるのだろうか。

映画では、いくつかの疑似家族について描いてくれる。あるときは異常な状態で、あるときは実験的に、あるときには宗教的に、あるときには宿命的に。

この映画が良いと言えるのは、きわめて映画的な部分だ。なにが映画的なのかは、ひとによって解釈は異なるとは思われるが、わたしの場合は映像が活きている場合である。ドキュメンタリーのように新鮮な映像というのではなく、むしろ映像独自の描法が活かされているという意味だ。

この映画のいくつかのシーンで、それが見られた。そのひとつは、記憶装置として、この映画が採用した「場末の写真館」だ。ここでは地元の人たちが、人生の節目節目に家族写真をとる習慣があるらしい。不思議な雰囲気を保っている写真屋さんだ。21年前に撮った写真が保存されていて、ということは、島の家族たちの数世代に渡る写真が保持されているということでもあるが、この写真屋さんは21年後の顔を観ただけで、この21年前の写真を記憶のデータベースから蘇らせてしまうのだ。暗室に連れられて、白い印画紙にふわっと21年前が映し出される瞬間がある。こんな写真屋さんが近所にいたら、「親密圏」の有力な装置となる。

現実の日本をみると、こんな素晴らしい写真屋さんが20年後も同じ所で同じ商売を続けていられるような、産業事情にはないことは明らかだ。けれども、映画として描いてしまうと、昔のわが街の写真館があり得るように思えてくるから不思議だ。あるいは、家族の心の中に、このような写真館を持ちなさいという、この映画のメッセージなのかもしれないのだが。このような可能性をきちんと描くことが映画では重要なのだ。それからさらに、小豆島のお祭りを映画の重要な要素として取り込んでいる手法も、きわめて映画的だと思われる。

それにしても、蝉が鳴いている(と思われる)場面には参った。歳のせいで、耳が聞こえなくなってきており、とりわけ虫の音に弱い。これが聞こえないということはかなり致命傷的ではないのだろうか。そろそろ耳鼻咽喉科を探さねばならない時期を迎えているのかもしれない。


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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。