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2011/05/28

徳島にて

Photo四国は雨が多いところだと聞いていたが、それは山奥の瑞々しい樹々の世界に似つかわしいからだと思っていた。だからまさか、自分がその猛雨に祟られるとはまったく考えていなかった。一年分の貯水槽をひっくり返すような、ジャーという感じの雨だ。

3_2それが徳島の特色ある雨なのかはわからない。けれども、徳島の空港についたときから、ずっと続いた雨だった。せっかくの滞りない、気持ちよい雨なので、ほんとうのところは台風二号のせいにしたくないほどだ。

今回の徳島学習センターでの講義では、4月から放送も始まっていた「格差社会と新自由主義」を取り上げた。また、新しい試みとしての「ワークノート」というものも作って、前もって配ってもらっていたので、準備しすぎるくらい準備されていた。こちらも張り切って徳島入りしていた。あとは、いつものように、学生の方々との相互反応をみて、そのクラスに合った形で、始めることにしていた。実際に、スタートもすごくよいものだった。

レポートも何回かとって進めるうちに、放送大学らしい多様性を保持したクラスであることがわかって来た。一人の学生への学生たちの同調反応は、かなり抑制されて出てくるが、しかし学生たちからは言うべきことがきちんと出てくる。とりわけ、興味深かったのは、経営や職業上の関係で発言する方が目立ち、議論がかなり成立しそうになっていたことである。通常、二日くらいのクラスでは、このような議論の場を作ることはたいへん難しいのだが、もう一歩というところまできていた。

それから、一日目が終わって、センター所長のN先生とじっくり話す機会を持つことが出来たのは、たいへん光栄だった。徳島という場所は、今まで想像したこともない土地であった。残念ながら、わたしの日本史や日本地理の知識ではあまり引っかかるところがなかったところだ。阿波おどりと、鳴門海峡、そして、小さなときに唯一興味をもったのは、藍染というものが、盛んだということぐらいだ。

7まったく人間的な接触がなかったかと言えば、必ずしもそういうわけではないことも思い出されるのだが。じつは、高校生時代に徳島出身の有名な政治家の次男が、同期生でいて、サッカーの試合などを一緒に行なった覚えがあるが、そのときに徳島のことが雑談に出てきたかはまったく覚えていない程度なのだ。

徳島は、良い意味で文化的にも生活としても完結している地域らしい。経済的にいえば、阪神文化圏に属すると思われるが、食べ物もその他の生活物資も独立して調達が可能で、他から得なくてもそれほど困らないらしい。つまり、豊かなのである。わたしの生まれた山国と比べると、いっそうそう思われる。海が近くにあるということは、大きい。海産物がすぐ手に入り、新鮮であることはそれだけで、豊かなのだ。また、宿泊先の近くの川には、ヨットが繋留されていて、時間に関して、途方もない余裕のあることを示しているのだ。

講義がすべて終了した後、N先生が「人形浄瑠璃」の保存会が実演している会館に連れて行ってくださった。それぞれ小さなコミュニティごとに芸能を自前で発達させているなどという地域社会は、日本でもそう多くはないだろう。30以上の人形師(子供を含む)の自然組織である「座」が、復興されて存在しているというのは、尋常なことではない。自前の共同体が健在であるということだと思う。

地域とは何かという点では、「その場に止まること」つまり、固有性が地域で完結することが重要なのだが、それを見事に実現している。N先生が何を見せたいと思っているのか、わたしなりになんとなくわかってきたような気がした。

6二日目は、朝の7時に台風二号についての判断を行わなければならなかった。天気予報は、この段階では注意報だったので、なんとか午前中の講義を終えることはできた。けれども、途中で警報が二つ重なってしまった。学生の方々も、車でいらっしゃったかたが多く、帰りの心配が増してきた。それで、ほんとに残念ではあったが、午後の講義は中止して、レポートで代替することになった。学生の方々には安全なうちにお帰りいただく事になった。

これまでの放送大学の授業体験で、わたしにとっては、はじめての事件だった。二日目の午後は、最後の結論部分に当たるため、講師としてはなんとなく締めが物足りないという感触が残った。学生の方々も同様であったと思われるが、そこは想像力豊かな放送大学生のことだから、自分で補ってくれることを期待している。


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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。