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2011/01/10

映画「海炭市叙景」

出張の夜には映画を、という慣例に則って、ゼミ終了後幕張へのお土産に、ふたばの豆餅を購入し、南へ下って、東寺近くにある京都みなみ会館で映画「海炭市叙景」を観る。

外では雪が降っていて、映画の中でも降っていて、とつぜん凄い映画が現れた。日本地方の現実がそこにあった。「関係ないでしょ」「ほっといてよ」という日常会話がたくさん出てきて、そして、ほんとうにみんな関係を断ち切っていく。いなくなる。

海炭市には、船ドックがあって、それが都市の中心となって、物語は展開していく。会社は崩壊するし、家族はばらばらになる。親子、兄弟もなくなってしまう。それぞれの5つばかりの挿話も何らかの関連でつながっているわけでは全くないが、まったく切れてしまっているわけでもない。地方都市の或る場所、地方都市の或る1日を中心として起こったことがやや分離され展開し描かれていく。

こんなにバラバラで、関係は失われていくだけなのに、映画が終わると、「生きていてよかった」というような(ちょっとニュアンスは違うのだけれど)、曰く言い難い感情がわきあがる。映画のところどころに印象的で凄いシーンが隠されていて、終了した後もあとからあとから目に浮かんでくる。

地方都市には、群衆はあっても、コミュニティは無いというのが常識だ。だから、コミュニティが失われたとき、そのあとどうなるのだろうと考える。直接的に、都市のなかに投げ出されるのだが、そこにはどんな関係も形成できないはずだ。

ラスト近くで、こんな対比、いや分裂があった。墓参りで東京から帰ってきた青年が、路面電車の運転手をしている父親とちぐはぐな会話を交わす。なぜこんな断絶が生じてしまっているのか。前の晩に、青年は乏しい財布で飲みに出る。女に5千円でよいからと誘われて、バーに入るが8千円取られる。そのあとバーには、成金的な田舎ものの酔っ払いが現れる。いくらでも金を出すから、好き放題させろと言って叩き出される。理解できないだろうと青年に言う。バーのマダムは、貧しいけれども都市のセンスを持った青年を田舎者と呼び、金をぼる。けれども、金持ちのほんとうの田舎者はまったく相手にしないのだ。

もうちょっと言ってしまっても、許されるかな。冒頭のエピソードは全体を暗示させるものだ。「中心」が失われた兄と妹の物語だ。最初の思い出のなかで、親が事故で亡くなる。つまり、家族の中心が失われる。次に、生活の中心である造船の船まで失われ、会社のリストラに遭う。妹は兄との関係が中心だと感じていたが、兄の喪失感は外からはわからないほど、もっと深かった。それでも、初日の出で皆一緒に眺めることができたのは素晴らしいことであったのだが、それでも兄の放心は不条理だった。

このシーンは、何度も夢に出てきそうだ。この男の放心顔は、個人の問題ではなく、現在の社会を反映したものであるところが、ぎょっとさせられる。どの地方都市も、中心を失って、その代わりに入ってきたのが、首都の勢力だ。どこへ行っても、同じ店が並び、中心は地方ではなくなっている。ということは、地方そのものが地方ではなくなっているということだ。ロープウェイの終着駅でずっと待つ少女は、取り残された地方そのものだ。何か待っていても、それで何かが戻ってくる保障はまったく無いのだ。けれども、男たちの無表情に感心するよりも、待ち続ける少女と地域を描くことはもっと重要だと思われる。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。