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2011/01/19

ネットワークを作る動機

映画「ソーシャルネットワーク」を見た。シニカルな映画だと思う。シニカルなのは観察者の目のことでなく、主人公自身の人生そのものだ。フェイスブックを作った、主人公であるマークが、シニカルな人生を歩んできたことを描いた作品だ。宣伝段階では、邦題は「天才」ということになっていたが、さすがにこれだとシニカルさに毒があるというものだ。

映画会社は、盛んに青春物語で、恋愛映画だということを強調しているが、明らかにこれは売らんがための宣伝文句であり、むしろこの主人公の半生はかなり悲しい。無残でチンケな人生であることを描いている。実在の人物が、この映画を認めたがらないのはそのためだ。

成功は友人の裏切りの糧でしかなく、他の友人は虚栄の虜でしかなかった。そして、マーク自身はそのどちらにも感情移入できない、第三者的性格であった。この成功例と目されるネットワークを立ち上げた価値は、まったくこの映画では認められていない。ネットワークを利用することは、単に「代理人システム」を利用しているに過ぎず、擬似的な信頼によっているのがソーシャルネットワークなのだ。だから、擬似システムがこんな貨幣価値を生み出してしまうのは確かにおかしい。

だから、サービス自体は無料で十分なのだ。けれども、会社自体が売り物になってしまうことで、現代社会ではSNSが貨幣価値を生み出してしまう。これはいわば、本来社会やコミュニティ自身が持っている社会的価値を貨幣価値に転換してしまうような、ただ乗りシステムとなっているということである。本来は、社会に還元して当然なものを、私的なものに変えてしまうことだからだ。

主人公は、恋人を作るために、その恋人とつながるSNSを立ち上げれば、恋人を得られるだろうと考えたが、結局のところ、恋人は得られなかった。そればかりか、社会的価値を個人的な価値に転換して、金持ちになってしまう。映画の中で、次のようなエピソードがあった。ある友人が、買うことを憚る下着を恋人のために購入したくて、通信販売会社を作ってしまい、最後にはその会社を売って大金持ちになる、というのだ。まさにマークは恋人が欲しくて、フェイスブックを立ち上げたのだが、結局恋人は得られず、資産価値の高い会社のみが残った、という物語なのだ。アメリカンドリームは金銭文化に毒されているという教訓だ。

しかしながら、考えてみれば、マークはわたし自身だ、といっても良いだろう。これは笑って済まされる事ではない。その矛先は、反転してこちらを向くかもしれない。今日、良い社会に住めば住むほど、社会から受けた恩恵を私的に還元しそれを個人所有してしまうのが、現代人であるからだ。このようなシニカルな見通しを与えている点でも、この映画はシニカルなのだ。

このソーシャルネットワークを利用する人が、映画の段階で、100万人を超える。そして、現在は世界中で5億人もいるのだという。上から目線で言わせてもらうならば、世の中には、いかに寂しく、悲しい人びとが多いのか、「恋人」を求めている人が多いのか、ということだと思われる。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。