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2010/06/23

まーるい余白

歳を取るにしたがって、何が難しいのかといえば、ほんとうに面白く遊ぶ、ということではないだろうか。純粋な好奇心というものが帰属するのは、やはりこどもの心のうちであって、決して大人の頭ではないだろう。

それでは、なぜ江戸時代には、隠居制度というものが成り立ちえたのかという疑問が生ずるが、遊びも一生懸命行えば、大人であっても十分追いつくことが可能ではないかということだと思われる。今日の早期退職制度は評判が悪いが、当時は自由の拡大のために、隠居制度が積極的に取り入れられた理由があるのではないかと思われる。

早期退職制度の場合は、人為的なにおいを消すことはできないが、隠居ならば、十分に自然の感じが保存されているような気がする。ひとつの習慣として定着したのだと思う。それもかなり良質な制度ではないだろうか。制度だから無理やりに行う場合もあったのではないかとも思われるが、隠居制度は積極的にみれば意外に自由奔放な感じがする。そのことが、結局はその人の表現にもあらわれるのだと思われる。

今日の問題は、千葉美術館で行われている「伊藤若冲」展である。午前から大学で採点を行い、その後二つの委員会を終えた。二つ目の委員会からの帰りにエレベーターに乗ると、哲学のS先生がいつもの調子で、「若冲観ましたか?」と尋ねてきた。「すごいですよ。あの白い象は・・・。」とおっしゃる。以前にも教えていただいた絵画が素晴らしかったこともあって、思わず「これから、行きます」と答えてしまった。

カンファレンス室へ戻ると、Aさんがタイミングよく、この展覧会の割引券を持っていたのでいただいて、勇んで駆けつけたのだ。若冲は、京都の錦小路にある八百屋を営んでいた画家で、かなりの商売人だったらしい。ところが、すでに40歳で商売のほうは隠居している。80歳以上生きたのだから、人生の半分以上を、隠居生活、そのなかでの絵描きを堪能したことになる。

40歳になって、おそらく遊ばないではいられない、と観念したのだろうと思われる。「布袋図」という絵が何枚か展示されていたが、これが独特の人物像を反映している。顔全体もそうなのだが、身体全体がたっぷりとしていて、周辺部に輪郭は残されているものの、真ん中は空で、白い余白がぽっかりと残されているという雰囲気だ。若冲のこころの中を覗くことのできる絵だ。

同じ趣向で、鶴の図が気に入っている。紙の上に、とりあえず大きな丸を書いてみる。この丸だけで、十分存在感があって、人に想像力を落としてくれるのだが、若冲のサービス精神は、ほんのちょっとそれに首を付けて、足を延ばしてくれている。形のシンプルさを狙ったというよりは、すでに別の世界を描き出している。観るものの遊び心を動きださせてくれる。

このことは、若冲以前の画家との比較をすれば、歴然としている、というのが展覧会を開いた主催者の意図であったのだろう。似た絵をいくつか並べてあるが、若冲にいたっては、ダイナミックで、かつシンプルで、それまでの画家の描き方と隔世の感があるのだ。

たとえば、初期のころの作品で、「売茶翁像」が何点かあって、その裾がめくりあがっている様が、リアルなのだ。江戸時代の京都には、このような商売人であっても、同時に風狂であった人がいたことを彷彿とさせる。このことは、当然のこととして、若冲の心のなかに、商売をしながらも、さわやかな風が吹いていたことを表わしている。

水墨画では、白と黒の世界なのだから、当然描かれない世界のあることを意識していたに違いない。今回の展覧会の目玉である、「象と鯨図屏風」でも、それぞれ部分だけが、屏風の一部ににゅっと描かれているだけだ。同じように、鯉図でも、頭と尻尾だけが描かれて、胴体が絵の外にあって、描かれていない部分が、どうしても想像されてしまう。

このあと、欠損。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。