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2010/06/27

病気の元気

二日目は、バスで岐阜駅から乗る。すると、昨日お世話になった事務の方と一緒になった。実は今回の面接授業は、義務として行なうものと違っていて、前センター所長のG先生から特別に依頼のあった面接授業だったのだ。それで、G先生のことなどを話題にしながら、学習センターへ着いた。

話は少し飛んで明治期の話だが、わたしの曽祖父は老後に大学へ通っていたと聞いたことがある。田舎で電気製鋼を営んでいたのだが、老いてから勉強に目覚め、製鉄の化学教室へ通っていたらしい。ひとりで東京に出て、神田辺りで下宿を行ない、講義に出ていたのだという。老人が大学で学んでいるというので、その楽しげな老学生生活が、新聞に取り上げられたらしい。

ほかのことは別にしてこのような血だけは十分に受け継ぎたいと願っている。わたしもかなりの老年期に入ってきているのだが、さらにわたしより十歳や二十歳上の学生の方々をみると、つい曽祖父に思いをいたしてしまうのだ。

それから最近、身近なところに何人かの重病を患っている方々がいて、それはわたし自身がそのような年代になってきたことの表れだと思っている。

けれども、現実に目の前に急に現れると、それはたいへんな現実を思い知らされた思いになる。今日は、授業で教室の前のほうに腰かけていて、盛んに発言し、質問を行なう年配の方がいた。なんとなく差し迫った感じがしていた。帰りのバスが一緒だったので話をすると、やはり一週間前に大腸がんを患って、手術したばかりだとおっしゃる。それで、腸閉塞を併発すると危険なので、たびたびトイレへ行くのだと言ってらっしゃった。

「先生もいつ、わたしのようになるかわかりませんよ」と笑いながら、光栄にも予告されてしまった。もしそのようになったとしても、この元気だけにはあやかりたいものだ。また、このような口をきくことができるのは、十分に元気な証拠である。

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