« 北側の庭 | トップページ | 街を歩いて次々に人と会う »

2010/06/07

「善意」あるいは「悪意」の集合効果

今、封切られている映画「レイルウエイ」と「告白」を見る。なぜこの二つを並べるかといえば、とても奇妙な相関関係を示しているからだ。

少し見れば、わかるように、あまり共通点がないかのように思われるかもしれない。片方は、善意の塊の物語であるし、もう片方は、悪意の塊の物語だからだ。けれども、ほぼ逆であるが、似ている部分がないわけではないことに気づく。

まず、日常の重要な問題を描いている点では、両方ともにたいへん現代的で緊迫感のある題材だ。前者は、高年での仕事と介護の問題だ。後者は、若年でのいじめと殺人の問題だ。

レイルウエイの意図は明確だ。有能なエリートサラリーマンが、故郷で電車の運転手になる物語だ。現代にとって、このような人間のあり方はかなり求めれているし、低生産性部門への労働需要あるいは移動ということが、いかに生ずるのかについて、日本人みんなが固唾をのんでいるのだから、かなり描きがいがある。現実に必要とされているだけに、映画は現実そのものへ向かって、ただひたすら向かってしまうことになる。あまりに現実的過ぎることなのだ。細密画というものへあまりに近づこうとし過ぎている。


際だっているのは、前者が「善意」の問題を扱っていて、それを発揮することで、周りがしあわせになっていく。けれども、後者では、全く逆で、「悪意」の物語を扱っていて、悪意が悪意を生み、つまりは裏がさらに裏返っていく問題を扱っている。

それは、現実の世界でも同じで、正の社会関係資本が存在すれば、多少の悪が存在してもそれを消して仕舞う。けれども、負の社会関係資本が存在するところでは、いくら善意が存在していても、悪意が優位を保って仕舞う。

「レイルウエイ」で、子供が電車を無断で運転してしまって、社会的に問題になる場面があったが、会社の責任ということで、みんなで守ってやる。このことで、人間関係は円滑になっていく。

他方、「告白」のほうでは、サスペンスというジャンルで、「殺人」をどのように描くかで、その物語性が判断される。個人による殺人なのか、集団による殺人なのか、などは古典的はクリスティが提起した問題である。

このようなジャンルとしては、「負の社会関係資本」を利用した殺人類型を描いたものと位置づけられる。「悪意」が描かれるのが、今日流行となっているが、当分の間、このような「負の社会関係資本」を育てることで、共同体が個人を抹殺する式のミステリーは、流行るだろう。またむしろ、現実の方がこのような題材に事欠かない状況になっている。

ちょっとしたことで、負の連鎖は生じ増殖を始めることを、この映画はそこに焦点を据えて、見事に描いている。映画全体を覆っている、ダークブルーの色調と、テンポはあるが、低音で語られ、スローモーションでつながれる映像は、まさにこの負の連鎖を形容している。

復讐劇ではなく、殺人に対する超殺人を上乗せしたことで、たぶん(原作を読んではいないので単なる推測なのだが、原作とは異なる解釈を映画は持ち込んだのではないだろうか)いじめが殺人をもたらす、という現実をどのようにわたしたちは認識したらよいのか、そのひとつのモデルを提示していると思う。

« 北側の庭 | トップページ | 街を歩いて次々に人と会う »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

This is such a great resource that you are providing and you give it away for free. I enjoy seeing websites that understand the value of providing a prime resource for free. I truly loved reading your post. Thanks!

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/173786/48646045

この記事へのトラックバック一覧です: 「善意」あるいは「悪意」の集合効果:

« 北側の庭 | トップページ | 街を歩いて次々に人と会う »

社会経営研究配布中

  • 2015study

社会経営ジャーナル配布中

  • 2015journal

開いている講義    「社会的協力論」

  • cooperation

「音を追究する」第13回・第14回

  • art

「多様なキャリアを考える」第2回・第3回・第4回

  • cooperation

「グローバル化と私たちの社会」第11回

  • cooperation
2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

Recommend

プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。