« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »

2010年6月に作成された投稿

2010/06/27

病気の元気

二日目は、バスで岐阜駅から乗る。すると、昨日お世話になった事務の方と一緒になった。実は今回の面接授業は、義務として行なうものと違っていて、前センター所長のG先生から特別に依頼のあった面接授業だったのだ。それで、G先生のことなどを話題にしながら、学習センターへ着いた。

話は少し飛んで明治期の話だが、わたしの曽祖父は老後に大学へ通っていたと聞いたことがある。田舎で電気製鋼を営んでいたのだが、老いてから勉強に目覚め、製鉄の化学教室へ通っていたらしい。ひとりで東京に出て、神田辺りで下宿を行ない、講義に出ていたのだという。老人が大学で学んでいるというので、その楽しげな老学生生活が、新聞に取り上げられたらしい。

ほかのことは別にしてこのような血だけは十分に受け継ぎたいと願っている。わたしもかなりの老年期に入ってきているのだが、さらにわたしより十歳や二十歳上の学生の方々をみると、つい曽祖父に思いをいたしてしまうのだ。

それから最近、身近なところに何人かの重病を患っている方々がいて、それはわたし自身がそのような年代になってきたことの表れだと思っている。

けれども、現実に目の前に急に現れると、それはたいへんな現実を思い知らされた思いになる。今日は、授業で教室の前のほうに腰かけていて、盛んに発言し、質問を行なう年配の方がいた。なんとなく差し迫った感じがしていた。帰りのバスが一緒だったので話をすると、やはり一週間前に大腸がんを患って、手術したばかりだとおっしゃる。それで、腸閉塞を併発すると危険なので、たびたびトイレへ行くのだと言ってらっしゃった。

「先生もいつ、わたしのようになるかわかりませんよ」と笑いながら、光栄にも予告されてしまった。もしそのようになったとしても、この元気だけにはあやかりたいものだ。また、このような口をきくことができるのは、十分に元気な証拠である。

2010/06/26

感動という経験

Photo 今月は、岐阜学習センターで面接授業だ。これまでの秋田、新潟でかけてきた芸術文化に社会経済的にアプローチするという、新たな試みの第3回である。二回の経験が蓄積されて、授業の運びがスムーズになってきたと思う。

いずれも放送授業とは、ちょっと異なる視点から接近することにしていたので、その工夫が実ってきたという感じである。そのひとつは、以前にも書いたように、学生の経験を語ってもらうことがスタートしようという趣向だ。これは、経験をたくさん持っている社会人大学だからこそできる授業形態だと思われるので、こんごも発展させていきたいと考えている。

今回も理論的なことに入る前に、まずは「これまでの人生の中で、どのような芸術文化的な感動を覚えたのか」という質問から入った。踊りを舞台で行なっている人、絵画教室に通って発表会に備えている人、交響楽を初めて聴いたときの幼児体験を述べる人などがいらっしゃる中で、今回これまでは現れなかったひとつの重要な傾向を語ってくれる方々がいた。

それは、「芸術文化の授業と聞いてやってきたが、自分の中では、これまでまったく興味ない分野で、ましてや、感動と呼べるようなことは一度もなかった。仕事が忙しかったこともあって、音楽会へもいかなかったし、展覧会へも一度も行ったこともない」という方々だ。中高年の男性に偏っているのだが、若い方の中にも、同じ傾向を述べる人がいた。

ちょっと足を掬われた思いだったが、考えてみれば、戦後の日本経済社会の推移からすれば、このような芸術文化への無指向性傾向が存在することは不思議なことではないだろう。このような傾向に対して、当然社会人相手に、説を唱える以上、芸術文化の普遍性について、何事か述べることができると思われる。

ひとつは、芸術文化の定義を広げること、つまり音楽・絵画・舞台などに限られずに、もっと広い日常活動として芸術文化を考えることが可能であるということ。もうひとつは、感動というから戸惑うのであるから、感性の在り方を捉えなおすことなど、例を交えながら説明してみたが、かれらは納得しただろうか。感動したことはない、という意見が複数の学生からできたのは、鮮烈であった。もちろん、一般の学生に聞いたのであれば、このような考えはもっと多いことだろうから、現代社会ではそれほど驚くことではないのかもしれない。

放送大学の授業で救われるのは、「感動したことはない」と発言したとしても、それは事実を言っているのであって、決して授業自体に参加しないことを宣言しているのではないという点である。もし一般の大学で、経験を聞こうと言って、感動経験がない、と学生が行ったならば、それで講義は進まなくなってしまうのではないかと思われるが、ところが放送大学では、なぜ自分の人生で感動がなかったのか、ということを授業の中で解答を見出そうとするのだ。その意味では、むしろ感動したことがない、と答えた学生ほど、熱心な授業態度を示す、というのも、きわめて放送大学的だな、と感じ入った次第である。

事務室で岐阜市内での食事処を聞く。これは正解であった。グルメの無料誌をいただいて、いくつか推薦を受けた。その中には、昨日岐阜に夜遅く着いて、雨の中でふらっと行きついた場末にあったピザ屋さんも入っていて、「あそこに一人で入ったのですか」と言われてしまった。そういえば、一人客はわたし一人だったし、ピザ屋さんにもかかわらず、飲み屋主体の店であったのだが。

今日は、素直に推薦に従って、ひとりでも座ることのできるカウンター形式のところ、和食ダイニングのHへ入る。酒は、秀吉で有名な清州のものを頼んだ。お造りと、それから夏にもかかわらず、注文の多いおでんを頼んだ。最近、旬のものに季節感はなく、たとえばこの季節に、大きな大根が人気のようだった。頭のなかで、今日の講義の反芻を行ない、明日の講義の組み立てをおもっていたら、すっかり酔ってしまったようだ。

Famousdoor 眠気覚ましに、ジャズ喫茶へ向かったが、すでに火が落ちていて、シャッターが閉まってしまっていた。雨の街を上気した身体をさましながら、散歩した。

2010/06/23

まーるい余白

歳を取るにしたがって、何が難しいのかといえば、ほんとうに面白く遊ぶ、ということではないだろうか。純粋な好奇心というものが帰属するのは、やはりこどもの心のうちであって、決して大人の頭ではないだろう。

それでは、なぜ江戸時代には、隠居制度というものが成り立ちえたのかという疑問が生ずるが、遊びも一生懸命行えば、大人であっても十分追いつくことが可能ではないかということだと思われる。今日の早期退職制度は評判が悪いが、当時は自由の拡大のために、隠居制度が積極的に取り入れられた理由があるのではないかと思われる。

早期退職制度の場合は、人為的なにおいを消すことはできないが、隠居ならば、十分に自然の感じが保存されているような気がする。ひとつの習慣として定着したのだと思う。それもかなり良質な制度ではないだろうか。制度だから無理やりに行う場合もあったのではないかとも思われるが、隠居制度は積極的にみれば意外に自由奔放な感じがする。そのことが、結局はその人の表現にもあらわれるのだと思われる。

今日の問題は、千葉美術館で行われている「伊藤若冲」展である。午前から大学で採点を行い、その後二つの委員会を終えた。二つ目の委員会からの帰りにエレベーターに乗ると、哲学のS先生がいつもの調子で、「若冲観ましたか?」と尋ねてきた。「すごいですよ。あの白い象は・・・。」とおっしゃる。以前にも教えていただいた絵画が素晴らしかったこともあって、思わず「これから、行きます」と答えてしまった。

カンファレンス室へ戻ると、Aさんがタイミングよく、この展覧会の割引券を持っていたのでいただいて、勇んで駆けつけたのだ。若冲は、京都の錦小路にある八百屋を営んでいた画家で、かなりの商売人だったらしい。ところが、すでに40歳で商売のほうは隠居している。80歳以上生きたのだから、人生の半分以上を、隠居生活、そのなかでの絵描きを堪能したことになる。

40歳になって、おそらく遊ばないではいられない、と観念したのだろうと思われる。「布袋図」という絵が何枚か展示されていたが、これが独特の人物像を反映している。顔全体もそうなのだが、身体全体がたっぷりとしていて、周辺部に輪郭は残されているものの、真ん中は空で、白い余白がぽっかりと残されているという雰囲気だ。若冲のこころの中を覗くことのできる絵だ。

同じ趣向で、鶴の図が気に入っている。紙の上に、とりあえず大きな丸を書いてみる。この丸だけで、十分存在感があって、人に想像力を落としてくれるのだが、若冲のサービス精神は、ほんのちょっとそれに首を付けて、足を延ばしてくれている。形のシンプルさを狙ったというよりは、すでに別の世界を描き出している。観るものの遊び心を動きださせてくれる。

このことは、若冲以前の画家との比較をすれば、歴然としている、というのが展覧会を開いた主催者の意図であったのだろう。似た絵をいくつか並べてあるが、若冲にいたっては、ダイナミックで、かつシンプルで、それまでの画家の描き方と隔世の感があるのだ。

たとえば、初期のころの作品で、「売茶翁像」が何点かあって、その裾がめくりあがっている様が、リアルなのだ。江戸時代の京都には、このような商売人であっても、同時に風狂であった人がいたことを彷彿とさせる。このことは、当然のこととして、若冲の心のなかに、商売をしながらも、さわやかな風が吹いていたことを表わしている。

水墨画では、白と黒の世界なのだから、当然描かれない世界のあることを意識していたに違いない。今回の展覧会の目玉である、「象と鯨図屏風」でも、それぞれ部分だけが、屏風の一部ににゅっと描かれているだけだ。同じように、鯉図でも、頭と尻尾だけが描かれて、胴体が絵の外にあって、描かれていない部分が、どうしても想像されてしまう。

このあと、欠損。

2010/06/10

街を歩いて次々に人と会う

日ごろ、弘明寺を離れて仕事をしていて、久しぶりに帰ってくると、なんとなく懐かしい感じがする。京急線の品川駅で見つけたバームクーヘンが美味しそうだったので、ひとつ求めたまでは良かったのだが、快特電車に乗って、本を読みだした途端に、網棚に置いたのをすっかり忘れてしまった。ここは限りなく悔しいところだが、博愛の精神を発揮して、どなたかの胃袋に貢献できれば幸いと思うことにした。

弘明寺駅を降りて、街を歩いていると、今日打ち合わせを行おうと思っていたTAのKさんが、OBのHさんと前を歩いている。お互いに遅刻するところだったですねと言いつつ挨拶する。弘明寺公園の植物環境を実地見学するという、珍しい面接授業を手伝っての帰りだそうだ。Hさんはカメラをぶら下げていたから、きっと神奈川学習センターだよりに掲載されるのではないだろうか。

弘明寺公園は、わたしの日々の通勤で通るところなので、隅から隅まで良く知っているつもりだったが、がけ崩れのあったところがわかる植物だとか、公園の北側に広がる料理旅館の竹やぶ模様など、近所に住む者よりも詳しく研究なさっている先生がいらっしゃるらしい。生物の先生でなく、地学の先生ならば、この小さな丘がどのようにできたのか、お聞きしたいとは思っていたのだが。

神奈川学習センターの手前に、横浜国立大学の留学生会館があり、その続きに現在国際交流会館が新たに建てられている。かなり大規模な工事を経て、おおよそ外観を現しつつある。モダンなマンション風の交流会館だ。1階には、コンビニも入るそうだから、センター利用の学生にとっても、たいへん便利になるだろう。

3月までに、じつは神奈川学習センターも改装工事が行われたらしい。それで、26年前からある、いつも荒れ果てて、学生や職員が総出で手入れをしていた中庭が、すっかりレンガタイルで覆われていた。みんなで泥だらけになりながら、整備した日々を思い出した。今後は、木漏れ日の中庭で、読書する学生や職員も現れるのではないかと思われるほど、洒落た場所に生まれ変っていた。見覚えのある木々が多少残っていて、木立の記憶というのも、かなり地理的な条件として覚えているものだと思った次第である。

打ち合わせも順調に進んだので、早めに失礼して、妻の買い物に付き合うことにする。待ち合わせ場所では、近所で懇意にしていただいているTさんの奥さんと久しぶりに出あった。すこしというか、たくさんというか、かなりだろうと推測されるが、話をしていきたいと妻が言うので、買い物袋を抱えて、先に家に向かう。

家へ向かって、路地へはいると、歯科医のY先生夫婦とばったり会う。弘明寺商店街への買い物だろうか。偶然とは言え、1昨日からの歯痛で昨日Y先生のところへ明日の予約を入れたばかりだったので、ちょっとびっくりだ。

歯痛は、すでに3日目に入っていて、そろそろ感覚がないくらいの痛さになってきている。奥の上顎から頭のほうへ向かって、痛みが登っていく。顔全体が熱を持っていてだるい。もし戦争中にこのような歯痛が出てきたら、どのようなことになるのだろうかと、戦場の兵士の歯痛がなぜか頭を過ぎった。おそらくけがをしたら腕を簡単に切断してしまうように、歯ならばやはり抜いてしまうのではないだろうか。短期的な激痛と、長期的ななだらかな歯痛とどちらのほうを選んだらよいかと問われれば、やはり多くの方々は、長期戦を嫌がるのではないだろうか。

明日は、K大の講義もあるが、まずは歯痛との戦いで、長い一日になることは間違いないだろう。

2010/06/07

「善意」あるいは「悪意」の集合効果

今、封切られている映画「レイルウエイ」と「告白」を見る。なぜこの二つを並べるかといえば、とても奇妙な相関関係を示しているからだ。

少し見れば、わかるように、あまり共通点がないかのように思われるかもしれない。片方は、善意の塊の物語であるし、もう片方は、悪意の塊の物語だからだ。けれども、ほぼ逆であるが、似ている部分がないわけではないことに気づく。

まず、日常の重要な問題を描いている点では、両方ともにたいへん現代的で緊迫感のある題材だ。前者は、高年での仕事と介護の問題だ。後者は、若年でのいじめと殺人の問題だ。

レイルウエイの意図は明確だ。有能なエリートサラリーマンが、故郷で電車の運転手になる物語だ。現代にとって、このような人間のあり方はかなり求めれているし、低生産性部門への労働需要あるいは移動ということが、いかに生ずるのかについて、日本人みんなが固唾をのんでいるのだから、かなり描きがいがある。現実に必要とされているだけに、映画は現実そのものへ向かって、ただひたすら向かってしまうことになる。あまりに現実的過ぎることなのだ。細密画というものへあまりに近づこうとし過ぎている。


際だっているのは、前者が「善意」の問題を扱っていて、それを発揮することで、周りがしあわせになっていく。けれども、後者では、全く逆で、「悪意」の物語を扱っていて、悪意が悪意を生み、つまりは裏がさらに裏返っていく問題を扱っている。

それは、現実の世界でも同じで、正の社会関係資本が存在すれば、多少の悪が存在してもそれを消して仕舞う。けれども、負の社会関係資本が存在するところでは、いくら善意が存在していても、悪意が優位を保って仕舞う。

「レイルウエイ」で、子供が電車を無断で運転してしまって、社会的に問題になる場面があったが、会社の責任ということで、みんなで守ってやる。このことで、人間関係は円滑になっていく。

他方、「告白」のほうでは、サスペンスというジャンルで、「殺人」をどのように描くかで、その物語性が判断される。個人による殺人なのか、集団による殺人なのか、などは古典的はクリスティが提起した問題である。

このようなジャンルとしては、「負の社会関係資本」を利用した殺人類型を描いたものと位置づけられる。「悪意」が描かれるのが、今日流行となっているが、当分の間、このような「負の社会関係資本」を育てることで、共同体が個人を抹殺する式のミステリーは、流行るだろう。またむしろ、現実の方がこのような題材に事欠かない状況になっている。

ちょっとしたことで、負の連鎖は生じ増殖を始めることを、この映画はそこに焦点を据えて、見事に描いている。映画全体を覆っている、ダークブルーの色調と、テンポはあるが、低音で語られ、スローモーションでつながれる映像は、まさにこの負の連鎖を形容している。

復讐劇ではなく、殺人に対する超殺人を上乗せしたことで、たぶん(原作を読んではいないので単なる推測なのだが、原作とは異なる解釈を映画は持ち込んだのではないだろうか)いじめが殺人をもたらす、という現実をどのようにわたしたちは認識したらよいのか、そのひとつのモデルを提示していると思う。

2010/06/01

北側の庭

北側の庭、という発想には、ちょっと驚いた。ふつうの家では、北側の庭は建物の影を被ってしまうので、植物が育たない。けれども、もし陰にならないならば、どうだろうか、という考え方は初めてだった。

まったく問題ないばかりか、むしろ北側の庭を見る視線を考えればわかるように、太陽の光線を直接浴びることもなく、間接的に目の前に広がる緑から光線を受けることになるのだから、かなり優しい光を受け止めることになっているのだ。

昨日の旧斎藤家別邸の庭園は、じつは北側にあり、それもかなり切り立った斜面を登っていて、見上げるように展開しているのだ。昨日の写真を観ていただければわかるように、上下左右からの間接光が回り込んで入ってくる。

これはちょっと驚きの光景だ。つまり、ふつうは眺めの良い部屋というのは、建物の開口部が南に開かれていて、日差しをまともに受ける部屋となっている。だが、この別邸は、北側に開口部があるのだが、それにもかかわらず、かなり眺めは良いし、庭が間接光であふれる状況を作り出している。

もちろん、この建物が避暑用作られていて、空けはなたれた縁側も夏涼しくなるような方向性を目指していることはたしかだ。だから、北側の庭という発想が成り立っている部分は大きい。

さらに、北側からは、光ばかりか、風も北側斜面の樹木の間を下って、優しくなってそよいでくるのだ。庭の奥にある滝の音は、耳に心地よいのも、たぶん夏用だからだ。大広間に座った人には、目と耳と鼻に向かって、光と音と風がすっと忍び足で寄せてくることだろう。

夏の暑い時期に、北側の畳の上で、読書をしながら昼寝をする気分は、いかばかりだろうか。わたしの場合、想像するだけで、すっかり満足してしまった。

« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »

社会経営研究配布中

  • 2015study

社会経営ジャーナル配布中

  • 2015journal

開いている講義    「社会的協力論」

  • cooperation

「音を追究する」第13回・第14回

  • art

「多様なキャリアを考える」第2回・第3回・第4回

  • cooperation

「グローバル化と私たちの社会」第11回

  • cooperation
2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

Recommend

プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。