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2010/05/31

わたしは環境である

Photo 新潟最後の朝である。ホテルでひと仕事終わらせることができたので、チェックアウトまでの間、どちらが表でどちらが裏なのかはわからないが、方向としては裏側に展開する丘を散策する。海岸に近い、ちょっと行くと砂丘に続く丘に連なる傾斜地に建てられた別邸群を観る。海と山を両方堪能できる、豊かさ・贅沢さを持った地域なのだと思う。現代になってからは、盛んに高級マンションが建てられるようになってきている場所だ。

Photo_2 昨日は昼食時に、新潟大学病院の12階にある眺望の良い食堂で、日本海を眺めながら海鮮丼をいただき、病院の隣にある「新津記念館」を見学した。石油王と呼ばれた新津恒吉が昭和13年に建てたものだ。ここも丘の上から街と海とを、かつては両方望むことができた高級地だった。

2_2 今日訪れたのは、旧齋藤家別邸である。酒造からはじまり、海運・金融・化学などで新潟最大の財閥を形成した齋藤喜十郎が、大正7年(1918年)に建てた避暑用の別荘である。「地獄極楽小路」という名前が近くの通りについていて、その奥には昔刑務所があって、現在は公園と美術館になっている。だから、右に行けば刑務所の地獄で、左にいけば別邸群の極楽という意味なのか、と想像してしまう。

Photo_4 この別邸は、丘の斜面を利用して造園されており、周りの建物群から隔絶された木樹が複雑に織りなす、いわば渓谷のような空間を都市のなかに実現している。明らかに主体は「庭」にある。もちろん、建物も立派ではあるが、庭を鑑賞する一部として造られていることがわかる。客観的に庭と建物が調和しているのではない。むしろ、庭に佇むときの身体の置き場としてバリエーションを持たせ、多様な鑑賞と身体との一体化を実現することを目指した建物に造り上げたのではないかと思う。

Photo_8 そのことは建物の柱に表れている。角の柱は、ガラス戸を支えるだけのものの如くに造られている。風景を邪魔しないように、最小限の細さを実現している。大きな瓦屋根の重さにほんとうに耐えることができるのだろうか、と心配してしまうほど、華奢だ。40人以上二階に登らないでくださいと、張り紙が貼ってあって、ちょっと心配させるほど柱がない。あとで話を聞くと、新潟地震にも十分に耐えたのだそうだから、これはこれで構造上は問題がないのだろう。むしろ座った人が屋内にいても、外と同じように、庭に投げ出された一体感を共有できることを最優先したことを評価したい。

Photo_6 庭との一体感を多面的に感じることができる工夫は、至る所に施されている。1階からの池を含んで仰ぎ見るような見方と、二階に登って庭の斜面の真ん中あたりを目線にするような眺望的な見方と、さらに庭の奥には茶室と東屋が用意されていて、斜面の上からも眺めることができる。当然、庭の中から全体を見下ろしながら、回遊してみるのも楽しい。パンフレットには、母屋の1階、2階からの眺めのほかに、「池の景」「竹林の景」さらに滝を含む「渓谷の景」「野筋の景」などの多面的な庭の在りようが設定されていることを指摘している。

Photo_7 母屋からの眺めで、数十分堪能し、さらに茶室で木々の触れあう音を数十分鑑賞した。ベテランの庭師のかたが、竹ぼうきの手を休めて、雑談に応じてくださった。毎日維持する側からの「庭」への思いを聞くと、すらすらと答えてくださった。庭には、いくつかのタイプがあるそうだ。この庭は、花の庭ではなく、木樹の庭であって、四季に応じて、色が移り変わり、重層化していくところが面白いのだ、と教えてくださった。箒で落ち葉を掃くことが楽しいし、落ち葉を楽しむことができる、とおっしゃっていた。これは毎日ここに居ることから得られる視点なのだろうと思う。さらに、鳥の鳴き声が毎日変化して素晴らしいのですよ、とおっしゃっていた。庭というものの要請する統合感覚総動員の様子を垣間見た気分だった。

チェックアウトの時間が迫ってきたので、名残惜しかったけれども、退散した。帰りに思い出したのだが、今回の講義に参加した学生の中に、芸術文化の経験で「庭」を挙げた方もひとりいらっしゃって、もしかすると、このような別邸保存運動に参加なさっている方かな、と想像した。新潟の最後に、今日のコーヒーを飲みに、新潟で創業60年を誇る「白十字」という街の喫茶店へいって、評判のブレンドを飲む。ブレンドなので、当然複雑な味を出しているのだが、苦味と酸味を両方とも強調していることに成功しているコーヒーだと思った。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。