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2010/05/24

人は二度死ぬ

モモという名の喫茶店が、K大ちかくにあって、講義のある金曜日の夜食を10年以上もお世話になった。たぶん、女主人のか、あるいは娘さんのか、どちらかの名前だったと思われるが、このような習慣からかモモという響きには以前から親しみがある。

「もも」という女の子が母「なおこ」を見つめるところから、映画「パーマネント野ばら」は始まる。このことはじつは映画全体を語っているのだが、それは最初のうちはわからない。(もっとも、その前に、自転車の車輪が回るシーンが入るが、これはなんだろうか。ここでは問い詰めないことにしよう。)「母を見つめる女の子」という設定は、ずいぶん何回も見てきたような気がするが、やはり母子・母系家族の物語を期待させる。現代日本を特徴付けているのは、女性問題で、母系性は何度話題にしても、尽きることはない。ももがなおこになり、さらに、なおこが母まさ子を受け継ぐ物語だ。

わたしは今回、映画館に入り、映画の途中までは、別のことを考えていた。どうしても昨夜から、なぜ「低生産性の産業」が競争社会でも成り立ってしまうのか、という、わたしにとっては大問題に取り組んでいて、なんとなくいくつかの解答を得たような錯覚に陥っていたのだ。

それで、なぜこの映画がこの大問題に関わってくるのかといえば、この映画に出てくる仲良し三人組(なおこ、みっちゃん、ともちゃん)それぞれが、どちらかといえば労働集約的で、ちょっと間違えれば低生産性に陥りかねないサービス産業に関わっているからだ。

それは、「美容院」(主人公なおこが母まさ子を手伝う職場)、「キャバレー」(小池栄子が演じるみっちゃんが経営する場末のキャバレー)、「ギャンブル」(池脇千鶴が演ずるともちゃんの夫はギャンブルで破滅する)である。それにしても、美容院の院とはどのような意味なのだろうか。美容室というのもあり、十分に家族・家庭を比喩とする名前のように聞こえるが、ちょっとこじつけ過ぎかな。

これら三業種は、家族・家庭の近くにあって、十分に家族内でも生産可能ではあるが、どういう理由か、家族から外部化されているものの代表選手である。これらの業種は、ほとんどシャッター街区の田舎町でも大丈夫だし、これらだけはしぶとく生き残っている、不思議な業種なのである。特徴は、家族に近いような「サービス性」、家の近くに需要があるような「地域性」、さらにかなり制限された範囲で成り立つ親密な「ネットワーク性」などにあるのだ。もっとも、ギャンブルだけはネットワーク性からは外れていて、それはそれで問題であり、そこにドラマがあるのだが。

キャバレーを切り回すことを表現して、みっちゃんが良人に向かって吐く名セリフがある。「あんたと付き合うよりましや!金になる。」家族に近い、ほんとうに限界的な業種なのだ。そして、ここでは、産業転換が起こっている。かつての産業構造では、男性が女性を食わせたが、この限界産業では、女性が男性を食わせるのだ。ここにはじつは、上で指摘した、これらの産業特性に加えて、もうひとつの特徴があるのだ。

「人は二度死ぬ」というセリフも面白かった。郵便配達は二度・・・をちょっと連想させる。ふたりの想いは、一人が亡くなっても、他の一人の記憶のなかで生き続ける。けれども、二人とも亡くなったり、もう一人の記憶からそれが無くなったりすると二度目の死を迎えることになる。

これは、肉体の死と、精神の死とも言ってもよいだろう。肉体の死が先に来て、精神の死が後から来るのであれば、仕合わせだが、精神の死が先に来て、肉体の死が後から来ると問題だ。けれども、そうなるのが少なく無いのが世の常だ。その意味では、菅野美穂の演ずる主人公はほぼ恵まれていると言えるのではないだろうか。「なおこ」の記憶のなかに、一人居て、さらに「もも」の記憶のなかに、「なおこ」もいる。人は二度生きるのである。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。