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2010/04/02

「代理」という現実世界

農水大臣まで務めた国会議員が、国会の議決で、隣の議員の投票ボタンを押していたことがわかって、辞職した。他の議員たちは一斉に大学時代の「代返」のレトリックが国会では通用しないことを挙げて、批難していた。国会議員自体が、国民の負託を受けているいわば代返の代理人であるのだから、さらに彼らが代返を行なえば、屋上屋を重ね、民主主義の根幹を揺るがせることになる、という論理らしい。それじゃ、どのくらいの負託と責任とが存在するのだろうか。

この事件は、現代がいかに代理制、代理人というものに依存しているのかを、改めて、浮き彫りにしたと考えることができる。たぶんこのニュースは、お隣の議員が真実を語らなければ、数日で人びとの記憶からは消え去ることになってしまうだろうが、現代社会の中心的な問題を持っている。

Photo じつは、先日の尾道出張で、恒例の「出張先で映画」を忠実に励行した。尾道には、駅前に「シネマ尾道」があって、映画の街のひとつの看板になっている。親子連れが押し掛けていた。わたしの選んだのは、東京で見逃してしまっていた是枝監督映画「空気人形」であるから、子供連れはさすがに入れない。

テーマは、代理性であって、性においても代理は成り立つのか、しかももしロボットや人形に感情を吹き込むことができたら、人間のこころを代替させることができるか、という心意気激しく、たいへん野心的な映画だ。映画自体は、映像がきれいで、抒情的な雰囲気を大切にしているが、テーマは有機的・無機的の境目を追求していて、不思議な想像力を展開していた。

映画は出だしで決まるとよく言うが、東京がこんなにエキゾチックであったとは知らなかった。こんな風景が東京にもありうるのか、という印象を与えている。それは是枝監督の前作の「歩いても歩いても」でも、三浦半島があたかも現代日本の典型の場所であるかのように描かれていたのと同様に、長い目で残っていく映像特有の雰囲気を持っている。それで、日常を描いているのだが、非日常の世界へふっと誘い込まれる。

代理制がもっとも無機的に表れるのは、空気人形が空気を吹き込まれると生き返るのに対して、人間は空気穴を開けられ、さらに空気を塞がれると死んでしまうというところだ。この代理制の矛盾がよく描かれていたと思う。かの国会議員のように、何気なく代理人を演じた結果、それによって死んでしまう人や、制度がありうるのだ。現代の代理制ということを、じつはわたしの講義でも、社会の中の「エージェンシー」問題として取り上げている。分野が離れているので、直接関連はないが、この映画はそれでも代理性ということの本質的なところを考えさせられる映画だった。

空気人形、すなわちダッチワイフは、定価5000円ほどの売買される商品そのものである。その点では、人形の代理性は、売買取引あるいは所有関係にもとずく「契約」関係でしかない。恋人の代用品を貨幣と交換に得ていて、等価の取引が成立している。ところが、ほんとうにそうなのかと深く問い詰めていくと必ずしも疑問の余地が無いわけではない。それの超えたちょっとしたところを、「わたし、こころを持ってしまいました」と人形に言わせてしまうところから、物語が始まることになる。

代理は、契約関係なのか、信認関係なのか、という普遍的な問題が顔を見せる。面白い領野に入ってくる。通常は、消費者と生産者のどちらかの側から描くことになるのだが、その中間の商品の側から代理を考えるという点で、たいへん面白い視点を描いたことになる。商品が人間になって、最後人形に帰っていく物語だ。

題材が題材だけに、オタク系のものと間違われてしまって、大方の、一般的な評価は得られにくいが、きわめて現代的でほんとうに切実なテーマであることは間違いないだろう。現代においては、映画でしか表現できないような種類の題材である。今後もときどきこのような映画を追求していってもらいたいと切に願うしだいである。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。