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2010/04/30

情報量の少ない絵

菅野圭介の展覧会へ行く。妻が、たまには横須賀へ、というので食事を食べるついでに、久しぶりに美術館へも行くことにする。

午前中、書き始めた論文を閉じて、上大岡へ出て、頼まれた銀行の手続きを行おうとするが、店は人で満員で、さらにあふれて、外まで行列をなしている。連休の合間に済ませようとする客が一気に銀行へ押し寄せたというところだろうか。早々に諦めて、電車で直ちに横須賀へ、金沢文庫を越えると、トンネルが多く合間合間には、マンションは立ち並ぶが、やはり田舎だな、と思わせる空気が漂っている。

Photo 30分もすると、海が見えてきて、解放的な気分になってくるから不思議だ。昨日までの雨も上がり、すっきり五月晴れの予行練習といった天気模様だ。馬堀海岸の椰子の木を過ぎ、走水の海岸につく頃には、すっかり都会の仕事のことなど忘れてしまった。

昼も遅くなってしまったが、まずは腹ごしらえ。美術館の前にある、観音崎ホテルでバイキング。イタリアン料理とケーキを楽しむ。窓側の席が取れたので、目の前が海で、陽の照り返しの白から、青い海、そして群青色の海へと、広がる景色を眺める。ゆったりとした時間が流れていく。いつもながら、おもちゃのような船が行き交うのを眺める。

Photo_2 船は、ゆっくり動いていくようでもあり、快速で動いていくようでもあり、雄大な海ならでは、の動きを見せる。たぶん、こちらの心の動きを反映した動きをするのではないかと思われる。そうでも考えないと、Photo_3 ちょっと目を放した隙に、いつものように、心がどこかに行ってしまったように、船影も視界から消えてしまっているのだ。

Photo_4 もうこれ以上は、入らないというぎりぎりのお腹を抱えて、向かいの美術館へ。はじめはスキャンダルなエピソードにつられていて、絵には期待していなかったのだが、何ということか。すでにそうでなければならない、当時の絵画を描いていて、旧知の親友のような、共通の親しみを見せる絵がいくつか含まれていた。

Photo_5 最初の1940年代から、ひとつのスタイルを持っていて、それはずっと追究されていて、一貫性があった。どういう風に言葉で表しても、違っているように思えてしまうのだが、あえていえば、情報量をかなり少なくするという抽象化を行う画家だ、と言えるのではないか。絵を観れば、すぐ理解できるのだが、残念ながら、それを伝えるようなネット上の写真はない。

それは1937年に描かれた「フランダース古城」から、「静物(A)」、リオや「ハイデルベルグ」、そして晩年の1958年の「知恩院総門」まで、描く方法はずっと同じで、続いていた。たとえば、りんごは平面的で、模様も枝も芯も省かれている。建物群を描けば、ずっと同じ高さに連なるものが配置され、その中のひとつはどういうわけか、必ずとんがった屋根を見せる。世界が、いつでも同じ構成を持っているかのようだった。建物の窓も、ほとんど切れ切れの線で描かれ、省略の極みを見せている。

Photo_6 情報の省かれた絵には、鑑賞者がそれを補う義務が生ずるのだ。それはかなりレシプロ感覚を意識していないと、できない技であり、この時代にそれを意識できたという比類の感覚は高く評価されるべきだと思われる。

http://www.yokosuka-moa.jp/exhibit/kikaku/802.html

Photo_7 情報を補うことはとても疲れることであるから、みんなその作業に飽きてしまうのかもしれないが、それでも情報量が少ない分だけ、あとからそれを付け足そうとする発想が湧いてきてしまうらしい。

情報量が少ないことの最右翼のシリーズが、海を描いたものだ。砂地から岸へ、岸から沿岸、そして沖へという連続した景色の地層がシンプルに描かれていて、誰にでも描けそうに思えるほどだ。

Photo_8 陽は長くなったとはいえ、時間は遅くはならない。すでに昼間の客たちは家路を急いで姿がない。妻と一緒に、美術館前の芝生を転がるように下りてくると、もうちょっと足を伸ばさないかと、灯台が誘っている。

Photo_9 お誘いだけを有難くいただいて、再来を楽しみにして、最終バスに乗り込む。走水海岸近辺で、陽が落ちて、黄金色した海が漂っていた。菅野圭介が倒れたとき、田んぼの畦道を口笛を吹きながら歩いていたそうだ。風景が黄金色になって、倒れてしまった。人生、こうありたい。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。