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2010/04/19

感受性の欠落した世界

耳が半分聞こえなくなったことで、いろいろのことがわかってきた。以前、大学の試験監督を行っていて、目や耳に障害のある方々が、通常の人より記憶力が良いという性質を発達させていることがあることは知っていたが、まさか自分の身に起こるとは予想できなかっった。

もちろん、わたしの場合は記憶力が格段に進歩したという深さの問題ではなく、単純に違う世界が開かれたというだけなのだが。

開かれたというのも、すこしおこがましい感じがある。正確にいえば、自分の欠落した部分を自覚したということである。

H先生はダンディで知られている方だ。その方と雑談していて、じつは耳がきこえなくなったというわたしの話をすると、じつはわたしは鼻が聞かないのです、とおっしゃる。それじゃ、あの多彩な香水使いで有名な先生の香りはいっさい感じないのですか、というと、そうなのだとおっしゃる。ある方の個性の重要な一部分を認識できないということが実際にあるのだ。それは、もしかすると、わたしたちは日常頻繁にこのような欠落した状況で生活していることを予想させるのだ。

それで、と聞くと、においや香りがいっさい感じないので、たとえば料理を食べていても、味がすこし違うらしい、とおっしゃる。確かにそうなのである。ひとつの感覚が駄目だと言うことは、ほかの感覚に影響を与えていて、全体が違ってくるのだ。

わたしの場合、音が聞こえないのだけならば良いのだが、どうも他者との会話が聞こえないために欠落している部分が多くなってきているらしい。つい、物理的に聞こえないと聞き直すのだが、度重なってくると、相手もイヤな顔をする。そうすると、会話の密度は極端に減って仕舞うことになる。

さて、ここで問題なのは、わたしは高音部の音が聞こえないのだが、さらにH先生のように、香りが駄目になり、美しいものも感じなくなるという時代を迎えている。もしかすると、これって、若い女性に対する感受性がほぼ駄目になってきている、ということなんじゃないと、H先生と顔を見合わせたしだいなのだ。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。