« 2010年3月 | トップページ | 2010年5月 »

2010年4月に作成された投稿

2010/04/30

情報量の少ない絵

菅野圭介の展覧会へ行く。妻が、たまには横須賀へ、というので食事を食べるついでに、久しぶりに美術館へも行くことにする。

午前中、書き始めた論文を閉じて、上大岡へ出て、頼まれた銀行の手続きを行おうとするが、店は人で満員で、さらにあふれて、外まで行列をなしている。連休の合間に済ませようとする客が一気に銀行へ押し寄せたというところだろうか。早々に諦めて、電車で直ちに横須賀へ、金沢文庫を越えると、トンネルが多く合間合間には、マンションは立ち並ぶが、やはり田舎だな、と思わせる空気が漂っている。

Photo 30分もすると、海が見えてきて、解放的な気分になってくるから不思議だ。昨日までの雨も上がり、すっきり五月晴れの予行練習といった天気模様だ。馬堀海岸の椰子の木を過ぎ、走水の海岸につく頃には、すっかり都会の仕事のことなど忘れてしまった。

昼も遅くなってしまったが、まずは腹ごしらえ。美術館の前にある、観音崎ホテルでバイキング。イタリアン料理とケーキを楽しむ。窓側の席が取れたので、目の前が海で、陽の照り返しの白から、青い海、そして群青色の海へと、広がる景色を眺める。ゆったりとした時間が流れていく。いつもながら、おもちゃのような船が行き交うのを眺める。

Photo_2 船は、ゆっくり動いていくようでもあり、快速で動いていくようでもあり、雄大な海ならでは、の動きを見せる。たぶん、こちらの心の動きを反映した動きをするのではないかと思われる。そうでも考えないと、Photo_3 ちょっと目を放した隙に、いつものように、心がどこかに行ってしまったように、船影も視界から消えてしまっているのだ。

Photo_4 もうこれ以上は、入らないというぎりぎりのお腹を抱えて、向かいの美術館へ。はじめはスキャンダルなエピソードにつられていて、絵には期待していなかったのだが、何ということか。すでにそうでなければならない、当時の絵画を描いていて、旧知の親友のような、共通の親しみを見せる絵がいくつか含まれていた。

Photo_5 最初の1940年代から、ひとつのスタイルを持っていて、それはずっと追究されていて、一貫性があった。どういう風に言葉で表しても、違っているように思えてしまうのだが、あえていえば、情報量をかなり少なくするという抽象化を行う画家だ、と言えるのではないか。絵を観れば、すぐ理解できるのだが、残念ながら、それを伝えるようなネット上の写真はない。

それは1937年に描かれた「フランダース古城」から、「静物(A)」、リオや「ハイデルベルグ」、そして晩年の1958年の「知恩院総門」まで、描く方法はずっと同じで、続いていた。たとえば、りんごは平面的で、模様も枝も芯も省かれている。建物群を描けば、ずっと同じ高さに連なるものが配置され、その中のひとつはどういうわけか、必ずとんがった屋根を見せる。世界が、いつでも同じ構成を持っているかのようだった。建物の窓も、ほとんど切れ切れの線で描かれ、省略の極みを見せている。

Photo_6 情報の省かれた絵には、鑑賞者がそれを補う義務が生ずるのだ。それはかなりレシプロ感覚を意識していないと、できない技であり、この時代にそれを意識できたという比類の感覚は高く評価されるべきだと思われる。

http://www.yokosuka-moa.jp/exhibit/kikaku/802.html

Photo_7 情報を補うことはとても疲れることであるから、みんなその作業に飽きてしまうのかもしれないが、それでも情報量が少ない分だけ、あとからそれを付け足そうとする発想が湧いてきてしまうらしい。

情報量が少ないことの最右翼のシリーズが、海を描いたものだ。砂地から岸へ、岸から沿岸、そして沖へという連続した景色の地層がシンプルに描かれていて、誰にでも描けそうに思えるほどだ。

Photo_8 陽は長くなったとはいえ、時間は遅くはならない。すでに昼間の客たちは家路を急いで姿がない。妻と一緒に、美術館前の芝生を転がるように下りてくると、もうちょっと足を伸ばさないかと、灯台が誘っている。

Photo_9 お誘いだけを有難くいただいて、再来を楽しみにして、最終バスに乗り込む。走水海岸近辺で、陽が落ちて、黄金色した海が漂っていた。菅野圭介が倒れたとき、田んぼの畦道を口笛を吹きながら歩いていたそうだ。風景が黄金色になって、倒れてしまった。人生、こうありたい。

2010/04/28

「神と人間」という設定

映画産業が左前になると、聖書の物語か、ギリシャ神話を出してくれば、大概はヒットする、という法則性をおっしゃっていたのは、高校時代のA先生だった。それで高校時代には、チャールトン・ヘストン主演の創世記だったか、ノアの箱舟だったかに全校生徒を連れて行ってくれた。

高校生まで総動員できれば、映画産業も息を吹き返すだろう。わたしの高校生時代の法則性が現代でも通用するとは思わないが、たびたびファンタジーものがロードショーにかかるのは、このような意味があるのだと思われる。

映画「タイタンの戦い」が掛っている。ギリシア神話の全能の神ゼウス一族の物語だ。たぶん、キリストの物語と同じように、これまで何度もテキストなどで読んできた物語だが、父と子の物語としては、秀逸な神話だと思う。子がなぜ父から独立しなければならないのかが、ヨーロッパ合理の精神で明快に語られている。

父と子のモデルでは、オイディプス神話が有名で、父と子は対立するものだということで、説明されてきたが、それ以外にもモデルがあって、ゼウスとパーシウスとの関係はもっとポジティブな感じがする。おそらく、この親子関係の解説書はたくさん出ているので、それに任せるとするが、ひとつのピグマリオンモデルであることは間違いない。父が神で、その神が人間を創ったにもかかわらず、子である人間が自ら選択を行うというのは、いかにも合理主義的なヨーロッパモデルであり、このモデルがまずあって、それからあとで、オイディプスモデルが出てきたのではないかと、わたしは思う。

それにしても、タイタン族の主導権争いは大変だな、と人ごとながら、失礼、神事ながら思った次第である。メドゥーサは、ちょっとイメージが違うんだけれど、多めに見ることにしよう。CGという技術が現れたことで、映画の幅がぐっと広がった分野のひとつだと思われる。

2010/04/25

なぜ芸術文化は低生産性なのか

二日目の講義では、音楽産業の性格を取り上げた。40年ほど前から、この分野の蓄積が進み、とりわけ現代では経済学者で、芸術家であるというマルチ人間もあらわれるようになってきた。両方の分野ができるからと言って、そのことに説明がつくとは思われないが、それでも蓄積が進んだために、議論が行いやすくなった。

どのようなことが議論の俎上に乗せられてきたのか、ということは、なかなか全貌は明らかにするのは難しいところであるが、たとえばなぜ音楽産業は「赤字体質」を持っているのか、という点や、なぜ芸術文化政策を行なわなければいけないのか、政府が芸術文化を援助すべきか、というような議論の整理がようやく行なわれるようになったと言えよう。整理ができたからといって、議論が定まったわけではないが、相対立する意見が整理されることは必要であり、講義の題材としては、たいへんおもしろい内容を提供してくれるので、今回取り上げた次第である。

学生の反応はといえば、最初はどのようなところへ連れて行かれるのか不安げであったが、途中からかなり協力的で、レポートを出しても直ちに埋めてくれるし、発言内容も次第に濃くなってきたようだ。この大学の特色として、「経験」ということを語らせると、特色を出す学生が多いということに当初から、気づいていたが、今回はそれがよい意味で出てきたように思われる。

経験科学を専攻している者にとっては、願ってもない環境だと思っている。調査でよくタブララサということをいうが、いわば一般の大学学生は、経験に対して真っ白な状態の学生が多い。質問を投げかけても答えることができない学生がいるのも、積極的な姿勢を問題にしてしまう傾向が存在するが、そうではなく、単純に経験の少なさではないかとわたしは考えている。

たとえば、一般の大学で「貨幣とは何か」と質問すると、高校までに習った答えしか返ってこない。それに対して、ここでは当然お金の貸し借りを行なった経験のある人々が通ってきているので、答えもかなり多様な返事が返ってくる。

ということなどがあり、今回も最初は音楽経験を聞いて、そこから議論を進める参加型の講義をとってみた。実際、わたしに労力からすれば、省力化を図っているといわれかねないが、デューイ以来のプラグマティズムからの学問的蓄積にしたがえば、知識と言うのはその人の主観を通り抜けてから初めて、真の知識になる、という教育的な伝統はある程度この大学では有効でないかと思っている。

最後は、結論部分で芸術文化が政府援助をうける理由を9つあまり挙げて、それへの投票を行うことで、結論とした。学生がいちばんシンパシーを感じたのは、平等主義的な観点だった。金持ちも貧乏な人も等しく、芸術文化を享受されるべきだ、という観点で、講義のなかでは、ラスキンやモリスを紹介したのだ。いまでも、この観点は人気が高い。

同点を得たのは、芸術文化が「公共財」であるという観点だ。市民に共通に提供されるべきだ、という点では、平等主義的な観点に近いものだ。いずれも、鑑賞者の立場からの議論を高得点を挙げたのは、経験主義的なこの大学の学生の特性を表しているように思われる。

Photo_3 それで、問題は教育効果はいかがだったのか、という点であるが、ちょっと残念であったのは、力をいれて、じっくりと説明した点、つまりビデオで交響楽団を取材してまで見せて、強調した観点が意外に不人気だったことである。わたしの説明がまだまだ至らないことを示している。今回は、第1回目だったので、今後の講義のときに直していくつもりである。

二日目にも、センター所長の先生がいらっしゃっていPhoto_4 て、恐縮のかぎりである。さらに秋田市内の千秋公園のことを尋ねると、自筆の地図まで書いてくださって、学習センターから公園への散歩コースを説明してくださった。秋田大学の正門を出て、垂直にまっすぐいくと奥羽本線に出るが、それを迂回すると石垣の家が出てくる。この辺は、ゆったりとした家々が並んでいる。写真のような、平屋建ての洒落た家を見つけた。

Photo_5 坂を登っていくと、17世紀の初頭に久保田氏のよって築城された城跡へ出る。雨が降っていたので、花見客が青いシートで円座を作り、写真のような傘を差しての花見を行なっていた。そのころには、風も出ていたので、早々に切り上げて、姉の家に急ぐことにした。

2010/04/24

ウサギの話

秋田学習センターは秋田大学の中にあって、ゆったりした施設だ。所長のY先生は、生理学を専攻なさっていたとのことで、実験を相当行ってきたらしい。実験の話をなさるときの勢いはたいへんなものだと思う。動物実験でかつてはウサギを使っていたとのことだった。首にある血管が太く、実験しやすいのだとおっしゃっていた。

ウサギについては、じつは思い出がある。わたしの通っていた、田舎の小学校は経験主義的な教育を重視していた。で、ウサギを飼うことになり、どのクラスが飼育を担当するのかが争われた。それまでも、田んぼや畑を作って、訓練を怠りなく行われたのだが、やはり動物となると、植物とはすこし違っていた。

ウサギを担当するクラスのことがなぜ、争いになったのかは諸説があったが、問題はウサギを飼うことの意味がみんな分かっていなかった点だった。とても、手がかかるのだが、毎朝の当番や、夏休みや冬休みの当番などなど、そして最後は病気の問題がのしかかる。経験主義的な小学校では、これらをいかに解決するのかはたいへんな問題であったのだ。

ウサギそれ自体も問題なのだが、それをめぐる飼育や、クラスの決定など、多くの教訓を残して、ウサギ小屋は作られたのであった。経験とは、当然ながら瞬間的な経験ということではなくて、経験の蓄積、あるいは累積が問題になるということなのだと思われる。

Y先生は、ウサギは駄目になったのです、とおっしゃった。もちろん、それはわたしたちのように、世話がたいへんというレベルではなく、動物愛護という倫理的な問題なのだとおっしゃっていた。その後は、ラットで我慢するほかなかったのだという、ラビットなのかラットなのか、それが問題だ。

結局のところ、ウサギが何を教えたのは、今になってわかることだが、反作用ということだったと思う。ウサギに人格があるわけではないが、しかしわたしがウサギの立場になってみることは可能だ。実験に使われたウサギの場合も、科学への貢献もさることながら、やはり何事かを反映しているということが重要ではないかと思われる。

実験系の先生方は、意外に義理堅く、倫理観に強いといわれている。供養塔などが建てられているのをみても、そのことはわかる。代理人の世界が今日の世界の中心にあるのだが、元祖人間の代理人こそ、愛すべき動物たちではなかったと、Y先生の楽しいお話を聞きながら思った次第である。

2010/04/23

春の天気

今年の春は、天気の話をしていれば、会話に詰まることはない。それほど、異常気象が続いている。大荒れのなか、秋田へ向かう。午後、K大学での講義の最中から雨が降り出した。こうなると、今年は気温が下がり、風が出てきて、大荒れになるのだ。妻も、秋田は2、3度になるに違いないというので、季節に似合わないとは思ったが、厚手のオーバーコートを着込んで、準備万端の恰好をする。横浜では、一応その服装でも恥ずかしくない気温だったのだ。

新幹線に乗った段階でもまだ、北国へ向かうのだから、という気分が持続していて、仙台あたりで乗ってきた乗客も十分な重装備だったのだ。ところが、秋田につくと完全に事情は逆転していて、誰もオーバーなどは来ていない。タクシーの中で早々にあきらめて、リュックのなかへしまってしまった。

今回の出張で、威力を発揮したのは、コーヒー用の保温カップだった。二日間で10時間あまり話をするときに、やはり水分の補給は必要なことだが、補給は休憩時間に限られる。講義の最中に取るのもよいが、それは学生のほうにも飲み物が与えれている場合に限られるだろう。10時間ずっと座っているのは、10時間ずっと話をするのと同等程度に、骨が折れることだ。

Photo 水分補給で気のついたことは、水分補給が単に機能的な水分を摂ることに終わらない、ということだ。美味しいかどうか、ということももちろん重要だが、それよりも、飲むタイミングや、その量が問題なのだ。それでというわけで、保温カップということになったのだが、300ミリリットルが、ちょうど10時間に相当しているらしい。そして、ちょっとの補給がどうも良いらしい。

もっとも、3月の原稿書きのときには、350ミリリットルで9時間だったから、講義と原稿書きとでは、水分補給の量もタイミングも異なるらしい。こうなってくると、偏執的で、固執し過ぎのように聞こえてしまうが、最後まで講義のペースを保つには、何らかの習慣や癖ができてしまうのは避けられないだろう。

Photo_2 秋田駅に着いたときに、さっと目に入ったのは、駅前広場に面して、スターバックスがあり、かなりの店の大きさを誇示していたことだ。さらに同時に、数件おいた隣には、Nコーヒー店が同等の面積で店を構えていて、これは試してみる価値があると思ったのだ。アメリカン(スターバックスはヨーロッパ系なので、アメリカーナ)だと、すこしに時間がたって、濃くなっても十分飲むことができる。明日からの楽しみがひとつ増えた気分だ。

2010/04/19

感受性の欠落した世界

耳が半分聞こえなくなったことで、いろいろのことがわかってきた。以前、大学の試験監督を行っていて、目や耳に障害のある方々が、通常の人より記憶力が良いという性質を発達させていることがあることは知っていたが、まさか自分の身に起こるとは予想できなかっった。

もちろん、わたしの場合は記憶力が格段に進歩したという深さの問題ではなく、単純に違う世界が開かれたというだけなのだが。

開かれたというのも、すこしおこがましい感じがある。正確にいえば、自分の欠落した部分を自覚したということである。

H先生はダンディで知られている方だ。その方と雑談していて、じつは耳がきこえなくなったというわたしの話をすると、じつはわたしは鼻が聞かないのです、とおっしゃる。それじゃ、あの多彩な香水使いで有名な先生の香りはいっさい感じないのですか、というと、そうなのだとおっしゃる。ある方の個性の重要な一部分を認識できないということが実際にあるのだ。それは、もしかすると、わたしたちは日常頻繁にこのような欠落した状況で生活していることを予想させるのだ。

それで、と聞くと、においや香りがいっさい感じないので、たとえば料理を食べていても、味がすこし違うらしい、とおっしゃる。確かにそうなのである。ひとつの感覚が駄目だと言うことは、ほかの感覚に影響を与えていて、全体が違ってくるのだ。

わたしの場合、音が聞こえないのだけならば良いのだが、どうも他者との会話が聞こえないために欠落している部分が多くなってきているらしい。つい、物理的に聞こえないと聞き直すのだが、度重なってくると、相手もイヤな顔をする。そうすると、会話の密度は極端に減って仕舞うことになる。

さて、ここで問題なのは、わたしは高音部の音が聞こえないのだが、さらにH先生のように、香りが駄目になり、美しいものも感じなくなるという時代を迎えている。もしかすると、これって、若い女性に対する感受性がほぼ駄目になってきている、ということなんじゃないと、H先生と顔を見合わせたしだいなのだ。

2010/04/13

顔について

人間の顔が人間関係を象徴している、という考え方は、個性というものを強調する世の中になった現代では、きわめて当たり前に受け入れられている。たとえば、「美人顔」は社会に受け入れやすいという神話は、強調され続けている。フロイト流に、顔の一部をセックスのシンボルに見立てて、顔の強調はじつは潜在部分の表象であるとする見方も成り立つかもしれない。

Photo 今回作成したテキストに、掲載すべき図があって、それを入れなかったことが気にかかっている。それは、カナダの経営学者ミンツバーグの戦略図なのだが、この図が傑作なことに、身体の一部に、どうしても見えてしまうのだ。それで、ミンツバーグは女性たちに何に見えるのかと問うそうだ。ときには、セクハラになるかもしれないという図と質問なのだが、錯覚というのは恐ろしいもので、じつはそうではなく、ミンツバーグの意図しているのは、この図を遠目でみればすぐわかるように、「顔」に見えるというのが正解ではないかと、わたしはつねづね考えている。

今日は午前中にはやばやと、出席すべき委員会が終了し、仕事も断片的だが行ったので、昨日の薬が効いていることもあって、午後は新富町にあるギャラリーで開かれている「加藤泉展」を見に行く。当初は、先日大阪で見た「ゼロ年代展」に関係させて、ゼロ年代がどのような時代であったのか、そのヒントを探ろうという通俗的な関心できたのだが、間違っていたことに気づく。

http://www.arataniurano.com/artists/kato_izumi/index_en.html

問題は、ここでも「顔」であった。この展覧会に出展されている「無題」の連作には、いろいろな意味と、シンプルな形象とが仕掛けられていて、無数の解釈ができる工夫がされているが、共通に描かれているのは、基本的な要素を持った「顔」であることは間違いない。

つまり、顔は戦略的なシンボルを多数備えているのだ。鼻から口へかけての関係は人間欲望の中核を形成し、両眼は横の広がりを、両頬は平面の面積を、さらに額から頭にかけてはもやもやとした想念を表している。加藤泉の顔は、これらを基本にしており、ミンツバーグの戦略図と共有している部分が多いとわたしは勝手に解釈している。つまり、顔は縦組織と横組織のつながりを問題とする普遍的な形象なのだ。

この縦のライン、鼻は男性、口は女性を表わしていて、外を歩いていて、人の顔を見つめてしまうと恥ずかしい気持ちになるのは、このシンボル性に原因があるとすら疑うくらいだ。鼻と口の語る多様性は驚くばかりで、加藤泉がいつまでも同じ対象をなぜ描くのか、という質問に解答を与えている。この縦のラインの秘めた饒舌は欲望がどんどん噴出してくるような契機を与えてくれるのだ。もっとも、「無題」の場合には、葉っぱのような可愛い欲望に過ぎないのだけれど。

ゼロ年代世代特有の、透明性、曖昧性、具体性、イラスト性、レイヤー性、フラット性などの家族的類似性を部屋いっぱいに繰り広げてあった。この多様性を堪能して、有楽町線に乗って、池袋へ出た。

言葉にしてしまうと、こんなことになってしまうが、おそらく現代の顔の持っている、人間生活の戦略的な意味がここには含まれているように思われる。

池袋では、これも見逃していた映画「シャネルとストラビンスキー」を新文芸坐で観る。シャネルの自由さを象徴する、下着のコルセットを脱ぎ捨てるシーンから始まり、奔放な恋愛を繰り広げ、最後のクレジットが終わり、ついに恋人のポートレートにストラビンスキーが収まるのをみて映画も終わる。

これはこれで、シャネル解釈の一貫性を保っている。女性が名誉と地位と権力と金を手に入れたとき、無名の芸術家へ匿名の寄付を行い、独立と自由とを行使する。「わたしは、あなたの愛人ではないのよ」という言葉が、単なる恋愛の関係ではなく、まったく異なる意味を持つに至っていると思う。

問題は、この恋愛活動のシンボルとして、顔が予期を与え、顔が実行を促し、顔が評価を与え、人間行動の支配記号として、顔が映画を引っ張ったことである。シャネルの横顔は、鼻から口にいたる欲望をきわめて強調していた。顔は、ほんとうに戦略的だった。

2010/04/12

半分の世界あるいはカサンドラの夢

予想通りに、今日は大雨で、さらに激しい風が吹いている。夕べ、暖房が気持ち良くて、うっかり居眠りしてしまった。

最近、夜になって本を読んでいると、つい夢うつつの状態を楽しんでしまう。老化現象だと思う。それは良いのだが、昨夜目が覚めると、世界が半分になっているのだ。左半分が見えなくて、左半分の音が聞こえない。右側はすべてそのままだから、寝る前の世界が内側と外側に分かれていたのと同様に、すわ、こんどは右と左に、世界が分かれてしまったのだ、とへんに安心して仕舞い、そのまま就寝。

朝、目が覚めると、左半分の感覚のうち、ほとんどは正常に戻ったが、音の世界だけはままならない。こんなことは初めてだが、今後はたびたび起こることなのだろう。とはいえ、近所の医者を聞いて出かける。雨の日は医者日よりなのかもしれない。

丁寧なお医者さんだった。検査をしてみると、高音部のデシベルがかなり下がってきているが、これは年齢からくる長期的傾向らしい。けれども、低音部で全般的に感覚が鈍っていて、これが物理的な欠陥ではなく、どうも内耳的的原因ではないかと、ということだった。

けれども、念のためといって、鼻から空気を吹き込んで、左の鼓膜に刺激を与えてもらったが、最初は鼻のつまりがすっきりして、耳にも良い影響があったのだが、そのあとまた、半分の世界がぶり返すようになってしまった。

処方としては、すこし強い薬を出すか、それとも弱い薬で回復を待つかという判断らしかったが、処方を何度も変えた結果、最終的には7種類もの薬を出してくださって、3日間試してみようと言うことになった。

原因がわからないときに、どのような処方がありうるのかという、医者の見本のような処方のあり方に、これなら信用できるな、ということがたいへん難しいことであることがひしひしと伝わってくるようであった。

昼にも薬を飲んだため、きょうは仕事にならないと観念して、恵比寿の映画館へ行くことにする。W.アレン「夢と犯罪」原題は「カッサンドラの夢」を観る。アレンはこれまでも、当たりと、そうでないものとがあって、これだけ多く作ればしかたないなあと思うところだ。今回は残念ながら・・・という結果だった。

アレンの持ち味は、風刺性にあるというのが共通点であるが、今回はこの風刺性も影を潜めていた。殺人は何ものも正当化しないというストレートなことがそのまま出されていて、ひと捻りし損なったというところだろうか。もしひと捻りするとしたら、やはり殺人がチャラとなる特別の奇跡、たとえば、「マッチポイント」のときのような仕組みが必要だったと言うことではないか。

きょうは左の世界が欠如していて、その分現実世界のほうもそれに合わせて、50%のすかすかの対象物を用意したのだろうか。半分だけの世界というのは、ほんとうにおもしろくない世界である。

2010/04/10

夜桜

雨が降りそうだと思っていると、急に晴れたり、晴れたと思っているとにわかに雲が覆ってきたり、春の季節に翻弄される毎日だ。天候の移り変わりが激しいのと同様に、昨日は講義を始め、今日は大学院のスタートを飾る新入生オリエンテーションの日と続いた。日常は動いている。

部屋を覗くと、すでに学生たちはいっぱいで、いつもは教授会が開かれる部屋にいつもより若々しい方々が並んでいる。これから始まるという雰囲気は、実を言うとかなり苦手だ。ほんとうにそれほど期待できるようなことなど、それほどないのだし、さらに研究論文に喜んではいってくるなどと言うことは、その苦労を知っている者にとっては正直いってトンデモナイことだ。それにもかかわらず、このトンデモナイことに、これほどの人数が集まるということは、大学院の論文作成にそれなりの求心力があり、人々を日本中から呼び寄せる何ものかがあるということであり、こちらも身が引き締まる思いだ。じつは、こちらの、この書き始めようという緊張感だけは好きなのだ。

毎年、学年ごとの特色があるが、印象として今年は女性が多いような気がする。社会経営科学プログラムは、これまでビジネス関連、公務員関連が多かった。そこに女性層が浸透してきているということだと思われる。

例年、文献の集め方について、プログラムから頼まれて話すことにしているが、いつも過大な要求を学生に強いているらしく、厳しいな、といわれることがある。「厳しい」といわれる理由を考えてみたが、第一に新入生に対して、はじめから専門の最先端へ到達してほしいなどと言ってしまうのだから、やはりそれはきっと厳しいのだと思う。

学生の中には、大学院のイメージがまだつかめない方々が多い中で、突然途中の経過を抜きにして、結論を求めるようなものだ。けれども、実際には、それほど難しいことではなく、本来の軌道を保つためには、最初の段階で無理してでも張り切ってしまったほうがよいのだと思っているのだが、大方の賛成を得られるのか保証の限りではない。

とにかく、今年のスタートの幕が切って落とされた。この過程は、スポーツ選手、たとえば野球選手のシーズンに入ってくる準備と同じ性格を持っていて、開幕までに基礎体力を蓄積し、技を磨き、計画怠りなくメニューをこなした人だけが、みごと論文を仕上げるに至る、ということがほぼ言える。論文という、蓄積がものを言Photo_2 う表現形態の特徴ではないだろうか。興味深く、楽しい論文課題が並んでいる。また、1年間面白い議論ができそうである。

帰りは、いつもの公園を通る通勤路を歩いた。緑のトンネルが、夜はいっそう幻想的に見える。はじめて覚えた童謡が、「森の木陰で ドンジャラ ホイ」という歌であったために、森に入ると必ず心が浮いた気分になる。夜道も気にならない。

Photo_4 今日明日は、花見の最終日になるだろうといわれているので、夜空に白く輝く桜も、有終の美を飾ったというところだろうか。黒い夜空が、白い花で照らされて、青色に染まっていた。

Photo_5 家の近くの一本だけ残った桜も、街灯に照らされて、最後の花を広げていた。花見をしていたら、今日はコーヒーを飲みに、喫茶店に立ち寄るのを止めてもよいなという気分になった。

2010/04/02

「代理」という現実世界

農水大臣まで務めた国会議員が、国会の議決で、隣の議員の投票ボタンを押していたことがわかって、辞職した。他の議員たちは一斉に大学時代の「代返」のレトリックが国会では通用しないことを挙げて、批難していた。国会議員自体が、国民の負託を受けているいわば代返の代理人であるのだから、さらに彼らが代返を行なえば、屋上屋を重ね、民主主義の根幹を揺るがせることになる、という論理らしい。それじゃ、どのくらいの負託と責任とが存在するのだろうか。

この事件は、現代がいかに代理制、代理人というものに依存しているのかを、改めて、浮き彫りにしたと考えることができる。たぶんこのニュースは、お隣の議員が真実を語らなければ、数日で人びとの記憶からは消え去ることになってしまうだろうが、現代社会の中心的な問題を持っている。

Photo じつは、先日の尾道出張で、恒例の「出張先で映画」を忠実に励行した。尾道には、駅前に「シネマ尾道」があって、映画の街のひとつの看板になっている。親子連れが押し掛けていた。わたしの選んだのは、東京で見逃してしまっていた是枝監督映画「空気人形」であるから、子供連れはさすがに入れない。

テーマは、代理性であって、性においても代理は成り立つのか、しかももしロボットや人形に感情を吹き込むことができたら、人間のこころを代替させることができるか、という心意気激しく、たいへん野心的な映画だ。映画自体は、映像がきれいで、抒情的な雰囲気を大切にしているが、テーマは有機的・無機的の境目を追求していて、不思議な想像力を展開していた。

映画は出だしで決まるとよく言うが、東京がこんなにエキゾチックであったとは知らなかった。こんな風景が東京にもありうるのか、という印象を与えている。それは是枝監督の前作の「歩いても歩いても」でも、三浦半島があたかも現代日本の典型の場所であるかのように描かれていたのと同様に、長い目で残っていく映像特有の雰囲気を持っている。それで、日常を描いているのだが、非日常の世界へふっと誘い込まれる。

代理制がもっとも無機的に表れるのは、空気人形が空気を吹き込まれると生き返るのに対して、人間は空気穴を開けられ、さらに空気を塞がれると死んでしまうというところだ。この代理制の矛盾がよく描かれていたと思う。かの国会議員のように、何気なく代理人を演じた結果、それによって死んでしまう人や、制度がありうるのだ。現代の代理制ということを、じつはわたしの講義でも、社会の中の「エージェンシー」問題として取り上げている。分野が離れているので、直接関連はないが、この映画はそれでも代理性ということの本質的なところを考えさせられる映画だった。

空気人形、すなわちダッチワイフは、定価5000円ほどの売買される商品そのものである。その点では、人形の代理性は、売買取引あるいは所有関係にもとずく「契約」関係でしかない。恋人の代用品を貨幣と交換に得ていて、等価の取引が成立している。ところが、ほんとうにそうなのかと深く問い詰めていくと必ずしも疑問の余地が無いわけではない。それの超えたちょっとしたところを、「わたし、こころを持ってしまいました」と人形に言わせてしまうところから、物語が始まることになる。

代理は、契約関係なのか、信認関係なのか、という普遍的な問題が顔を見せる。面白い領野に入ってくる。通常は、消費者と生産者のどちらかの側から描くことになるのだが、その中間の商品の側から代理を考えるという点で、たいへん面白い視点を描いたことになる。商品が人間になって、最後人形に帰っていく物語だ。

題材が題材だけに、オタク系のものと間違われてしまって、大方の、一般的な評価は得られにくいが、きわめて現代的でほんとうに切実なテーマであることは間違いないだろう。現代においては、映画でしか表現できないような種類の題材である。今後もときどきこのような映画を追求していってもらいたいと切に願うしだいである。

2010/04/01

ジャムのカップリング的世界

小さなときから、どういうわけか、ジャムに興味がある。ジャム自体が好きだというよりは、むしろジャムの世界が見せてくれる、多様に「結びつける力」に魅せられることが意外に多かったと思う。

もともとは山国育ちで、親戚にリンゴ園を開いているおじいさんがいて、果物が身近にあったことが幸いしている。リンゴ畑にいけば、さまざまな種類のリンゴがなっているだけではなく、桑畑の実や、畑の脇を流れる清流岸には、スグリなどの実がなっていて、酸味が舌を刺激した。

けれども、都市に住むようになって、近所のパン屋さんへ通うようになり、その台所へ出入りを許されるようになって、業務用のジャムが所せましと並んで、バターやマーガリンとの組み合わされた味覚を、コッペパンに乗せて楽しむことを知った。

まだまだ田舎のパン屋さんは、今日のような自分で竈をもってるような洒落た店ではなかったけれども、ジャムの魅力が組み合わせにあることを予感させるには十分な経験を与えてくれた。そのうち、田舎では、イチゴジャムや、マーマレードだけでなく、西洋風なブルーベリーなども自家農園で作るようになり、一気に多様化が進んだ時期があったように思う。

今回の尾道出張は、さまざまなところに影響を与えていて、まだその夢の中から覚めない状態にある。記憶を呼び覚ましたり、現実を見つめなおしたりする題材に事欠かない。

Photo 商店街のなかに、3帖ほどの小さな創作ジャムの専門店があって、外から見ても楽しそうな並べ方をしていた。いかにも、ジャムが好きで好きでたまらない、という珍しいほど表現力のある店だ。なにしろ、ジャムの多様さが異常なほどだ。現代がいかに多様な時代であっても、これほどの多様さを保つのは容易ではないことは直ちにわかった。

尾道の街にジャムが珍しいわけでは、まったくない。柑橘類は瀬戸内海の島々からすぐに入ってくるから、どのようなみやげ屋さんへいっても、ジャムは溢れるばかりに並んでいる。それにジャムは素材が勝負だから、このようにたくさんの柑橘類が手に入るならば、ジャムは容易に作ることが可能だ。

固有性が成り立つ、二つの条件のうち、発展可能性に秀でているのだ。もちろん、珍しい柑橘種類のマーマレードはおいしかったし、東北から取り寄せたリンゴのジャムもおいしかった。けれども、やはり創作ジャム屋さんの真骨頂は、多種類のジャム、それも組み合わせの豊富さを実現していることだ。

Photo_2 たとえば、写真に写っている大きな瓶のジャムは、マーマレードだが、なにかが微妙に作用していて、柔らかい味だ。それから、小さな瓶のジャム、「リンゴ畑のジャム」は、ここの女主人自慢の味だそうで、わたしが母へのみやげだ、と言ったら、ただちに推薦してくれた。

リンゴの短冊状をベースにして、小さな木イチゴが入って、さらにハーブの香りがする。これは好評で、あっという間に、食べてしまった。アールグレイ味・香りのついた八朔のジャムもおいしかった。いずれも組み合わせによる相乗的な味わいが素晴らしかった。

妻や母がいつも作ってくれるリンゴ・ジャムも素敵で好きだけれども、今回のような複雑な味のジャムも、昔初めて都会に出てきたときに感じたような異国情緒があって、たまにはよいなあ、と思った。素材の仕入れから、販売まですべて一人で行っているそうだ。またいつか、尾道へ立ち寄って、ぜひこのジャムを付けて、パンをもう一度食べたいと率直に思ったのであった。

« 2010年3月 | トップページ | 2010年5月 »

社会経営研究配布中

  • 2015study

社会経営ジャーナル配布中

  • 2015journal

開いている講義    「社会的協力論」

  • cooperation

「音を追究する」第13回・第14回

  • art

「多様なキャリアを考える」第2回・第3回・第4回

  • cooperation

「グローバル化と私たちの社会」第11回

  • cooperation
2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

Recommend

プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。