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2010/03/29

安正柑とレモン

Photo_9 尾道は港町であり、さまざまな船がホテルの窓の外を夜中までも行きかう割には、静かな街だ。横浜ならば、夜明けには必ずなる霧笛もここでは全然聞こえない。それに不思議なことには、潮の香りもしない、磯ではないということなのだろうか。水がきれいなのかもしれない。

Photo_10 渡し船は、5分ごとくらいに行きかっていて、70円~100円くらいの料金だから、橋が高いところに出来ても、こちらを利用したほうが回り道をしないで良いから便利なのだろう。

Photo_11 近代になって、多くの町からストリートカーが駆逐されたように、渡し舟もなくなっていった。けれども、ここがいくども挫折を繰り返してきた街の凄さだと思われるのだが、大きな橋より、渡し舟という選択を尾道は受け入れてきている。尾道と向島・因島を結ぶ幹線は、前近代的な渡し船であり、これがすっかり街に溶け込んでいる。サイクリングを奨励することも、生産性の低くしかしそれを最大限利用しようとすることの一環ではないかと、わたしは考えている。渡し船に自転車はPhoto_12似合うと思う。

今日は早くから、お腹を一杯にして、このようにホテルのバイキングを片付けて、一階の桟橋から、生口島を目指すことにする。

このホテルは、目の前を尾道と向島との間の尾道水道が通っていて、水路を船が水平方向に移動していくが、それ以外に、この水道を横切る渡し船が数本維持されている。夜の11時過ぎても営業していて、縦方向へ移動していく船たちも夥しい。

Photo_13 船には、必ずと言ってよいほど、自転車が積まれている。サイクリング人口の多さを物語っている。村上水軍という組織がなぜ生まれたかについては、戦略上の問題が大きかったと想像される。時代背景からして、南北朝の不確実な時代になっていた。けれども、意識の問題からすれば、これらの島々をめぐる経済的・政治的取引に、組織の力が必要になったことは、容易に想像できる。自転車を島から島へ乗り入れることさえ、これほどの軋轢が起こってくるのだから、死活問題が生じた時代には、もっと多くの制度調整が必要とされただろう。結果として、組織による統制は必然であったといえよう。

Photo_14 水道と水道を結ぶ内海に、船影が見える。どのような船なのか。敵か味方か、こころ踊る瞬間が歴史上繰り返された海なのだ。船の描く白い軌跡を見つめながら、その波が岸に届くころ、こちらのこころは、もうそこには居ない。遠方にかかる橋影は、昨日見た虹ではないかと確かめる。

Photo_15 瀬戸田港に着くころには、すっかり雲も上がって、陽が射してきた。さっそく、目的地へ向かうがのどかな商店街を見ることについ夢中になってしまった。柑橘類の豊富なことは比類ない。Photo_19 とくに、バンペイ柑、安正柑などの大きな蜜柑は、この地ならではのものではないか。手ごろなものを購入した。港の常夜灯や、旧家の家並みは、瀬戸内海らしい佇まいだ。この風と気分は、相関していると思われる。

Photo_16 サイクリングセンターは、港から離れた観光拠点にあって、十分な施設を保っていた。季節になれば、ライダーたちが群れを成すことだろう。サイクリングがすべての人びとのものになるには、交通規制を考え直す必要がある。たとえば、身障者を自転車に乗せるには、二人乗り禁止規定という、交通規則の根幹を規制緩和しなければならなくなる。Photo_20 これについては、これまでかなりキツイ規制が敷かれてきており、緩和論の争点である。このような問題点のところで、制度論の本質が現われる。興味深い点だ。

この島へわざわざ渡ってきたのは、自転車専用道路というのが整備されているからだ。写真に撮ってきたPhoto_18 が、海岸べりのものは有名だが、内陸部にも地図には載っていないが、存在するのだ。レモン畑に囲まれて、ずっと奥地へ続いていた。さて、このような専用道路を作ってしまえば、走る人は規制されないと考えることができるだろうか。

Photo_21 島を一周するには、歳をとりすぎているという自覚があったので、島を一周する路線バスに乗る。同じ趣向の3人の女性たちがおしゃべりをしながら、楽しそうに乗った。50分ばかりの安上がりの観光を済ませて、早々に尾道へ引き返す。

C 夜は、駅近くのイタリアン料理の店で、蛸やイカや海老がたっぷり入ったパスタ。そのあと、近くにあるジャズ喫茶Andyにて、外国人の弾くピアノで、日本の歌シリーズを聴く。イタリアンの店のぶどう酒が効いてきたので、Andy 最後のコーヒーも眠気覚ましにはならなかった。この街には、ジャズ喫茶があり、図書館があり、公立の大学があり、さらに映画館があるのだ。それは、小津や新藤たちが、ここをロケ地に選んだことが影響していると思う。映画館は、当然渡し船や、サイクリングと手を携えているのだ。

Photo_22 レモン畑は今が収穫期らしく、枝にたくさんの実を付けていた。この豊富さは、きっと香りとともに夢に出てくるだろう。そんな迫力ある実り方だった。                   

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。