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2010/03/19

シンプルな複雑さ

滋賀に泊まる意味がもうひとつある。昨年出版した先生方の共著『市民と社会を生きるために』の中で、政治学のA先生が、大正期に活躍した建築家ヴォーリズを「越境する人々」の代表として取り上げている。近代が浸透していく過程の典型例として、わたしも一度その舞台の中心となった近江八幡市を訪れたいと願っていた。社会学のF先生も、昨年訪れてなかなか良かった、とおっしゃっていた。

大津から新快速に乗れば、30分くらいで着くのだが、各駅停車に乗って、野洲辺りでまごまごしていたら、時間はずいぶんかかってしまった。ホームの待合所で、人生の行く末を考えてしまった。これが旅の醍醐味だ、と諦める。

滋賀の春は琵琶湖があるから、陽が出ていれば暖かいのではないか、と見くびっていて、セーターと上着だけで出かけたら、寒さが身にこたえた。盆地並みの底冷えのする寒さである。

Photo_9 駅前にレンタサイクルがあったので、これ幸いと乗り込んだが、地図で見た以上に距離があった。鉄道からこれだけ離れていたから、その後建物群が保存されたのだ。もし中核都市のさらに中心部の利用価値のある効率的な場所であったならば、建て替えが激しいので、残されることはなかっただろう。そう考えると、古いものが残る環境には、一定の条件があるように思える。

近江八幡が周辺的だとは言えない。なにしろ、近江商人発祥の地だからだ。けれども、中心より、周辺のほうが、何かを成し易いということはあって、近江八幡の街の位置はちょうどそのような位置にあったような気がする。

朝、湖畔の散歩のあと、パルコの横から膳所の街へ入って、そこの喫茶店でモーニングセットを食べた。そこの女主人が、この街は入れ替えが激しくて、ちょっと先のドーナッツ・チェーン店も今度撤退するのよ、と言っていた。チェーン店のような広域で勝負するようなブランドは、ひとつの地域で効率が悪ければ、すぐ撤退する。けれども、ひとたびその地域でのみ成立したようなブランドは、その地でなくなれば、すべて失くなってしまうので、そのまま頑張るのだ。

生産性の低いもの・低い活動をそのまま利用できる仕組みというものが、今日求められているのだと思われる。減価償却の終わった建物のように、低生産性の保存が、採算性を維持しつつ可能となる条件があるのだと思う。

Photo_10 池田町住宅の配置が面白かった。現在の保存は、その本質的なところをだめにしてしまってよくない。当初、全体は写真に写っているように、レンガの塀で囲われていたかもしれないが、本来は建物同士が有機的な庭や小道で結合したコミュニティを形成していて、現在のような個別の区画に分かれていたわけではなかったようである。なぜ建物が互い違いに配置されているのかの意味が重要で、それは建物群がひとつずつの建物の組み合わせ以上の効果を上げていた、コミュニティであったことの表れだと思われる。http://www.omi8.com/vories/builds01.html

Photo_11 これだけの広い地域に建物群が広がっているとは思わなかった。教会、郵便局、いくつかの住宅を巡った。自転車の選択は正解だったようだ。

Photo_12 ヴォーリズの住んでいた住宅のすぐ裏に広がる、近江兄弟社学園の建物群が集団効果をあげているのも、やはりひとつの建物が重要でないことを示している。建物群がリズミカルなシンプルさで、複雑な意匠効果をあげているのが、ヴォーリズの特徴ではないかと思われる。単純な窓の配列を、反復させることだけで、美しさを醸し出している。

Photo_13 完全に身体が冷え切って疲れてしまったので、すこし甘いものと暖かいものを欲しくなった。ヴォーリズの忠田氏住宅が、Photo_14 タネヤの洋菓子ハリエ工房になっていて、裏に改装したカフェを開いている。Aさんによると、全国のバームクーヘンブームの火付け役になったところだそうだ。焼きたてのバームクーヘンと、カフェオレをいただく。カフェのほうは、天井が高く、温室風にガラスで覆われていて、空気対流用に扇風機がゆったりと回っている。Photo_15 隣接して、ヴォーリズ住宅も公開しており、占有ルームサービスも行っているそうだ。ここで注目した意匠は、玄関タイルだ。単純な繰り返しだけで、十分な美的効果をあげている。ヴォーリズ的だと思Photo_17う。

これは旧住宅を、高度利用の商業施設として再生するという 利用方法で、もしこれが成り立つならば、それに越したこPhoto_16とはない。低生産性にこだわる必要がなく、使用しなければ意味が無いという方向性もありうると思われる。

ヴォーリズが近江八幡で、近江兄弟社を起こし、メンソレータムの輸入代理・製造販売を始めたことも有名である。最後Photo_24 に、メンソレータムのショールームを見学させてもらった。高生産部門と低生産部門とを組み合わせて、産業と教育に展開していった軌跡が展示されていた。

まだまだ、陽が高く、お昼を回ったところだったので、京都へ取って返し、山科から蹴 上へ出て、トンネルをくぐり、いわゆる南禅寺別荘群を散歩がてら鑑賞することにする。今年のおPhoto_22 正月にNHKが特集して評判をとった。ほとんどは非公開なので、今回はつてを求めることなく、「何有荘」と「碧雲荘」の外側だけ見て回ることにする。「碧雲荘」のとなりの野村美術館Photo_19では、乾山と仁清の楽焼を特集していた。

老婦人ふたりがちょうど、わたしの前で鑑賞していて、いいなあ、これうちにほしいな、と言っていて、お茶席にでも使うのだろうか。美術館に入れておくのは惜しいな、と思ったのだった。先日別の展覧会で、仁Photo_20清のかわせみをパンフレ2ットで見たが、それの本物をここで観ることができて良かった。百合形向付の繊細さ、花笠香合の可愛さはこの上 なかった。うちに欲しいな。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。