« シンプルな複雑さ | トップページ | 感情と言葉 »

2010/03/22

浴びるような読書

Photo ついに旅も最終日となってしまった。昨日も、早めに帰って残された仕事をこなした。陽が沈み、港を背景にして、放水ショー(なんで放水のショーなのか)が始まり、これを全部見ているような暇な人はそう居ないのではと思いつつも、酒を片手に眺めてしまった。

Photo_2 今朝の陽も、なんとなく寂しげに思えた。以前、三橋節子美術館を訪れて、「三井の晩鐘」や「余呉の天女」に描かれた琵琶湖のイメージがまだまだわからなかったが、湖上を観ていると想像力が膨らんでくるという実感がわかPhoto_3 る。欠落が想像を作り出すのだ。小説家や画家が幾多の題材を求めたり、天下取りを目指す上洛の武将や、敗軍の将たちが、ここを通るたびに眺めたりした陽と湖だと考えると、ほんとうに離れがたい。

土曜日は、図書館が10時から始まる。朝の散歩もたっぷりと行ったが、読書もたっぷりと行った一日だった。「塩1トンの読書」もすごい表現だと思っていたが、それは単なる表現ではないところが恐ろしい。ひとつのことを理解するには、塩を1トンほど舐める覚悟がなければ、何事も理解できないだろう。

じっさい、読書の効果が上がるのは、塩を舐めるほど集中しているときなのは間違いないだろう。1冊の本にじっくり取り掛かる読書もあるが、拾い読みのように何かを探しながらの読書もある。今回は後者の方法で、「浴びるような読書」を目指した。シャワーを頭から浴びるように、書棚から次々に本を持ってきて、目を通した。

このような読書が効果のあるのは、新たな問題を巡ってである。網羅的にすべての文脈を探るときに適している。このときにメモに残る言葉は、その本のフレーズそのものではなく、全体の流れが多いような気がする。頭の中を何かが流れていき、それがメモされていくようだ。

この図書館は、ひとつの書棚がちょうどひとつのテーマに整っていて、余裕を持って5つくらいの棚を読めば、おおよその傾向を把握できる。大きなテーブルのあちこちにパソコン用の電源が整備されていて、どこかの図書館のように、この電源を使うと、「盗電」ですなどと書かれてはいない。無線LANを使えば、書斎にいる便利さがこの図書館でも実現できる。

京都の市民がこの図書館に憧れるのは、京都大学の名前ばかりでなく、実質的に利用しやすい、居心地のよい図書館だからに相違ない。結局、新幹線の時間が迫ってきてしまったので、15冊を消化したところで、今回の資料収集は終了となった。

今日の最後は、京都駅のILLY珈琲で、エスプレッソを1杯。おまけのおまけ、メタ認知関連の本を1冊、東京に着く寸前に読みきる。バブル経済と同じで、無理した取材には、かならず反作用が出ることになっている。望むらくは、良き反作用の現れん事を。

« シンプルな複雑さ | トップページ | 感情と言葉 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/173786/47879659

この記事へのトラックバック一覧です: 浴びるような読書:

« シンプルな複雑さ | トップページ | 感情と言葉 »

社会経営研究配布中

  • 2015study

社会経営ジャーナル配布中

  • 2015journal

開いている講義    「社会的協力論」

  • cooperation

「音を追究する」第13回・第14回

  • art

「多様なキャリアを考える」第2回・第3回・第4回

  • cooperation

「グローバル化と私たちの社会」第11回

  • cooperation
2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ

Recommend

プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。