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2010/02/13

揺れる関係とは

アラカン(還)世代から見て、50歳のころはどうだったか、と考えるならば、「揺れる世代」だったという思いがあったような気がする。もちろん、肉体的な限界があるという思いが通り過ぎるのだが、それは実際の肉体の問題というよりは、精神的な問題だったような気がする。限界があるのではないか、というので揺れるのだ。

映画「The Private Lives of Pippa Lee」を観てきた。誰もが指摘しているのだが、邦訳題名が内容と合っていない。「50歳の恋愛白書」という題の付け方は、当然批判されるためだけに、あえて付けたとしか考えようがないので、ここでは抗議するためにあえてコメントしないでおこう。

内容は、恋愛劇というよりも、前回に引き続き、母と娘の物語であると、わたしは思う。この映画のなかで、「母と娘の関係は、つねに揺れている」というセリフが出てくる。「けれども、いつも逆を向いている」と続くのだが、なんとなくわかる気にさせる言葉だ。

母娘孫の三世代にわたって交錯する気分が、理解できない部分が多く、面白い。どの辺が理解できないのかといえば、母が隠れてドラッグを飲んでいる。これを娘はずっと知らずにいて、知った途端に反発するのだ。この辺まではわかるのだが、その後娘もドラッグを飲むようになり、家を出る結果になるのだ。そして、年月が経った後、和解する。この辺の揺れ具合は、よくわからない。以前だったら、このわからない部分は、文脈の悪さとして片付けていただろうと思う。

今回の映画では、母と娘の関係をオープンにしておいて、さらに娘とその娘の関係を最後に入れて、三世代でようやく物語を結びつけている。つまり、二者関係だけで、理解させるのではなく、さらに人間の連鎖のなかで物語を語るという手法だ。

わたしたちの日常の人間関係についても、このように回りめぐって、ようやく理解できることが意外に多いのではないかと、考えたしだいである。それから、監督が作家アーサー・ミラーの娘のレベッカ・ミラーで、作家と作家をめぐる人間関係についても、興味深い描写がなされていて、この点でも興味深い映画となっている。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。