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2010/02/09

食べることと、母と娘の物語

わたしの生まれた田舎には、双峰型の山がどんどんと在り、「お尻」山と呼んで親しんでいた。キューピーのお尻のようになだらかで滑らかな形を青空に示していた。その山に向かって凧を飛ばしたことがあったが、山に届く前に糸が切れて飛んでいってしまった。

このお尻は、小さなときから当然のように、女性のお尻だと考えていて、霞に掛かった世界が存在することを暗黙のうちにわかっていた。妻と娘の関係を見るにつけ、女系の関係は良くわからないところがあって面白い。つまり、母系制という母と娘の関係には、言葉では表現できないものがあって、理解不能なところでのコミュニケーションが通じている。

映画「食堂かたつむり」の冒頭には、やはり双峰型の山が出てきて、その村はおっぱい村と呼ばれていて、母系制の物語が綴られていく。主人公「りんこ」は、父親なしで生まれてきたことになっているし、失恋によって、父系社会特有のメディアである「言葉」を失ったところから、物語は始まることになる。母系社会の特徴は、男が存在しなくても、社会が存在しうると考えているところだ。これは父系社会が、必ず女性を必要としていることと好対照を示している。

コミュニケーションの手段が、「ごはん」であるというきわめて家族的、母系的状況のなかで、物語が展開していく。

石榴(ざくろ)は、信州の田舎町でわたしが出合った果物としては、鮮烈な印象を残していて、友人宅の軒先に実が赤くなるまで、ずっとぶら下っていたという思い出がある。種を含んだ果実の酸っぱさは格別だ。けれども、実際には果実の部分は少なくて、それだけで通常のくだものとしてどうにかなるというものではない。けれども、この映画のような使い方はたしかにありうる。映画では、カレースープの隠し味に使われていたが、どうなんだろうか。試してみたい気にさせることは間違いない。石榴を知った人には、効果的なシーンなのかもしれない。

食べることを映画にした例は、近年珍しくないが、これらはほとんどグルメ志向の話が多かったので、外から食べることを観察していたような気がする。いわば、内生的な、といういうことは、内側から状況が変わっていく物語は、はじめてではないだろうか。食べることは、知らず知らずのうちに、何かを変化させることだ、ということを伝えていて、そのことは現代的であって、きわめてメッセージ性が強い映画だということだ。

今後の日本社会を考えると、田舎での循環型社会を考える必要に迫られている。農業がその一角を構成し、なおかつ、サービス業を含むものとしては、「食堂」産業はその一部を担うに違いない。現在のところ、グルメ文化が蔓延っているので、どうしても「見せびらかしの消費」に向いがちであるが、もうすこし落ち着いてみれば、通常生活型の食堂産業は、もっと需要されるのではないかと思われる。

今回の主演りんこを演じるのは、女優の柴崎コウだが、映画「どろろ」の役とはまた違った味を出していた。このようなゆったりとした、ちょっと太目の役も演じられるのだ。言葉がないだけに、感情や表情やしぐさでの演技が主たるもので、この状態でどのような恋愛が展開できるのかがみたいと思ったが、それは物語の想定外だったようだ。そもそも、カタツムリは雌雄同体だ。

信州の田舎に育ったわたしのような者にとって、石榴だけでなく、ヤギの乳の匂いや、イチジクのジャムの甘さが、口の中にじゅわっと広がるような映画で、感性を満足させてくれる映画だった。さらに素敵なアニメがついていて、とくに自転車の上からカタツムリ状の野菜や動物が二重三重に重なってくるところは、とても面白かった。この映画を象徴している場面だと思う。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。