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2010/02/04

ラジオ科目収録の終了

Photo 今年度の収録がようやく終わった。テレビ科目「社会の中の芸術」は年内に終わっていたのだが、ラジオ科目「社会経済組織論」を1月になってから、毎週2コマのペースで録ってきた。このペースはなかなかよいのだが、それ以外の仕事が毎日入っていたので、1週間があっという間に経ってしまい、毎日録っている気分だった。

これならば、結局は1週間あけている意味はないので、今度からは毎日録る方式を試してみようと思う。ラジオにも集中講義方式があってもよいだろう。

Photo_2 理想的には、ほぼ1週間あれば、1番組が制作できることになる。もちろん、準備期間は1年間くらいあるとしての場合だが。と皮算用通りには行かないのが現実である。なぜうまく行かないのか、今度じっくり考えてみたい。

とはいえ、お仕舞いということは目出たいことである。さっそく、録音を15回ずっと担当してくださった技術のAさんを誘って、はやばやと打ち上げ昼食会を催すことにする。Bスタの金魚鉢ともしばしお別れである。

考えてみれば、放送大学にいながら、放送の技術の方々と話す機会はあまりない。大きなピザ窯のある、近くのイタリアン料理の店で、ランチを一緒にゆったりと食べた。

Photo_3 そこでいろいろと最近の技術動向についてお聞きした。頭の中が理科系にできていないので、メカニカルな話になるとなかなかついて行くのに苦労する。けれども、デジタル化してから、話の修正が簡単にできるようになった。この便利さは実感している。DAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)という編集機が入っていて、マルチトラックで録音をすることができるのだ。

Photo_4 3月から、さらに新しい編集機が入るのだそうだ。機械の内容は、聞いてもよくわからなかったが、技師の方々がシステムが変わる度に、ソフトがすべて変わるので、それをすべて学び直さなければならない、ということを聞いて興味深かった。

なにが興味深いかと言えば、学習し直すことは、大学だけでなく、現実社会でもずいぶん行われるということである。それは文筆業のパソコン更新と同じですよ、とおっしゃっていた。話のなかで気がついたことは、編集という作業がテレビ局では重視されているということである。もちろん、オリジナルな素材がなければ、編集作業それ自体は成り立たないが、素材が活きるか活きないかは、編集部門が握っているらしい。

そういえば、放送大学には編集部門がないなあ。この辺は、技術的にはディレクターにすべてお任せするしかない、というのが実情だ。そして、授業内容については、先生方に任せられている。この中間でつなぐのが編集なのだ。

NHKの中でも、編集が幅を利かせているのは、Nスペなのだそうだ。テレビ的流れがたしかに良いのがわかる。機会があれば、放送大学で話をしていただくというのも良いのではないかと勝手に思ったしだいである。

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