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2010/02/20

カラヴァッジョあるいは茗荷谷の黄昏

Photo_2 4月から始まるテレビ科目「社会の中の芸術」で他の章を制作してくださった神戸大学のM先生が映画「カラヴァッジョ」の監修をなさっているというので、朝一番にテアトル銀座に駆けつけて観て来る。科目のなかでも、カラヴァッジョを取り上げていると、ここで宣伝しておきたい。

10時に会場に着くと、何ということだ。もう満席で、前のほうの数席しか空いていない。土曜日の老年力を感じる。周りを見渡しても、ほとんどアラカン世代なのだ。

カラヴァッジョとは、いったい何者なのか、ということがこの映画のテーマだ。パンフレットに載っていたM先生の言葉は、「近代を切り拓いた天才画家」という表現だった。ほんの数行のコメントだったので、真意は推測するしかない。

16世紀から17世紀への変わり目に、イタリア全土をめぐって活躍した画家なので、明らかに完全な近代の画家ではなく、どちらかといえばまだ不完全な近代における画家だ。それにもかかわらず、それだからこそ、「近代を切り拓いた」という、それ相当の理由が存在するのだ。

もちろん、技術的に見れば、モデルを使って描く、実証的な手法を取り入れている点では、きわめて近代的だ、と言ってよいと思われるが、注目したのはカラヴァッジョの個性のあり方だ。

映画の中核として描かれているのは、カラヴァッジョの絵画における「卓越性」と、時代の中での罪深さという「不道徳性」であり、ここで自己の分裂を招来させていて、近代的な自己分裂を描いている。

当時すでに「工房」という組織的な職場を築いていたために、芸術という産業が確立していたのである。この結果、芸術性だけが求められるのではなく、近代社会特有の道徳性が芸術家には求められることになる。これに対して、カラヴァッジョは工房から逸脱して、職人としての芸術家から飛び出ることを図ったために、近代社会特有の自己分裂をすでに近世で、実現してしまったのだといえるのではないだろうか。

感心したのは、マルタ島騎士団の役割だ。カラヴァッジョが殺人罪に問われたときに、ローマという国家権力に対して、騎士団という異なる文脈の中間的権力が存在したことだ。国家・教会と、個人との中間にあって、仲介する役割を見せている。騎士団の決定は、ぎりぎりのところを突いていると思う。

この騎士団は、歴史上有名なコインを発行していることでも知られている。そのコインには、「銅にあらず、信頼なり」と刻まれている。このような文化を持っていたからこそ、権力の使用でも抑制の効いた興味深い動きを見せたのだと思われる。

Photo_3 映画の終了後には、抽選会が行われ、景品がつくとのことだったが、次の場所へ移動しなければならなかったので、残念ながら終了後すぐ、東京駅へ駆けつけ茗荷谷行きの地下鉄へ乗る。

Photo_4 東京文京学習センターで、大学院ゼミナールを開催した。M1の方々は、知見の蓄積が進んで、それぞれおおよその方向性が出てきた。もう一息で、草稿作成段階へ突入できるだろう。今年は順調な方が多いが、実際にはこれからが正念場だろう。

Photo_5 M2のMさんが途中から参加してきてくださって、論文作成の実体験を話してくださった。学生の側から語る経験話は、わたしたち教員の側からの話と一味違っていて、M1の方々も聞き入っていた。昨年もFさんが特別参加して、同じように、後輩へ話をしてくださった。これがゼミの伝統になればよいなあと思ったしだいである。

Photo_6 じつは東京文京学習センターは2年間の新築工事に入るために、わたしたちにとっては、この校舎を利用するのは今日が最後になる。この建物は、おそらく旧東京教育大学時代に建てられたものだろう。70年代の学生闘争から筑波大学への再編成を静かに見てきた建物である。この写真のヒマラヤ杉も切り倒されてしまうのだろうか。

これまで、何度となく、ここを拠点にして、ゼミナール、研究会を催してきた。まだ、東京教育大学時代に訪れて、自主ゼミに参加したこともあるが、なんといっても放送大学時代になって、ここの演習室、実験室でのゼミナールは忘れがたい。感謝の気持ちで一杯である。

Photo_7 また、ゼミのあと、必ず寄っていた喫茶店「レフィーユ」も12月で閉店していた。こちらにも、同様にご苦労様と言いたい。この辺の喫茶店も、東宝パーラー時代からずいぶん変遷があった。学生街の雰囲気が残されていた街だった。それも今後高層ビルがいくつか建つので変化することだろう。街全体に対しても、お別れを言いたい。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。