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2010年2月に作成された投稿

2010/02/28

Resistance(抵抗運動)

朝、ひとつの仕事が進んだので、もうひとつの仕事を持って、家を出る。もうひとつの仕事とは、この時期に恒例となったピア・レヴューである。こんにち、同僚の先生方の仕事を、放送教材、印刷教材、通信・試験問題、学生データにわたって、詳細にそれぞれの先生方が検討して、ワープロ4,5枚のレポートを書くのである。

たいへんな時代を迎えているのだ。かつて、大学ではほかの先生の講義を聴くことすらタブーとされていた。それと比べると、隔世の感がある。かばんにデータを放り込んで千葉の人気の無い街へ。大きな傘をさして行ったにもかかわらず、みぞれに近い大降りの雨で、すっかり足元は濡れてしまった。

今日のお目当ては、珍しいデンマーク映画である。「誰がため(原題:フラメンとシトロン)」は、第二次大戦中のデンマークにおけるレジスタンス運動を描いた映画だ。レジスタンス運動の映画と言えば、ワイダ監督の「地下水道」や「灰とダイヤモンド」がよく言及されるが、裏切りと信頼の問題ならば、フランスのジャン=ピエール・メルヴィル監督の映画「影の軍隊」だ。学生時代の内ゲバを見ている者にとっても、仲間だった者を殺すシーンは、いつ見ても厳しい。

レジスタンスにも、北欧型があるのではないかと思う。戦争を行う意味を、個人レベルでどのように考えるか、という深刻な問題を正面から普遍的な問題として描いている。とくに、家族関係が微妙な形で、組織の問題に影響を与えるのは、よくぞ描いてくれたというところだ。妻や父親から、人殺しと追求される。つまりは、インフォーマルな関係をゆがめてしまうところは、詳細に描かれていて、この映画の特色となっている。

フラメンとシトロンは、反ナチスの地下抵抗組織「ホルガ・ダンスケ」に属し、ナチ協力者たちを次々に標的にしていく。そのため、ゲシュタポから、賞金をかけられることになる。

映画のなかで、主人公のフラメンに向かって、標的となったギルバートが言う場面がある。なぜ戦争に加わるのか。(1)出世という個人的な理由、(2)祖国愛という公的な理由、(3)憎しみという相互的な理由をあげる。(3)に近づくほど、泥沼化するのだ。

もちろん、主人公たちの理由は、すでに行動そのものということになっていて、殺人が存在の理由となっており、理由を考える段階ではなくなっている。人を殺す理由の正当化がいかに難しいかということだ。

この話は実話ということになっていて、ほんとうは殺されても正当だと思われる人びとが最終的には生き残ってしまい、正当な理由のなく殺されていくひとたちが容易に殺されていく。これが現実なのだ。この不条理をぎりぎりのところで描いていて、申し分ない。さて、現場に立ち会ったら、どう行動していただろうか。

帰りに、折角もうひとつの仕事を持って出たので、千葉中央駅ちかくの喫茶店で完成させた。母から頼まれた米の計量カップも忘れずに購入した。

昨日から、チリで大きな地震が起こったことが報道されていて、今日になって、津波が日本の太平洋岸に押し寄せてきている。高いところで、3mほどを記録した。じつは昨日偶然にも、母の家で、チリ産ワインを購入したところ、たいへん美味しかった。学生時代にやはり第1波のチリワインブームが起こって、よく飲んだ時期がある。今回は、そのときよりさらに数百円安いワインが出回っている。地震とグローバリゼーション恐るべし。

2010/02/21

提喩について、あるいは「脳内ニューヨーク」

日常生活というものが、きわめて修辞的に成り立っていることは感じていても、視覚的で映像的な生活として定着させて描くとなると、途方に暮れてしまうのは事実である。

映画「脳内ニューヨーク」は、原題が「Synecdoche New York」であり、その言葉通りに、シネクドキつまりは提喩ということをテーマとしている。この映画の宣伝マンはどのようにこれを日本語にしようか、さぞかし悩んだことだろう。提喩のニューヨークということだから、全体の混沌のなかに、いくつもの部分的な混沌を表現してみようという趣向だ。

主人公のケイデンは脚本家であって、つまりニューヨークなのだ。物語は、娘が緑色のウンチをするところから、つまりは家族、そしてケイデンが異常をきたすところから始まる。家族劇に、つい引き込まれる。けれども、それはほんの触りであり、思わぬ展開が提喩的に起こってくるのだ。

映画「カラヴァッジョ」が近代に入るときの自己分裂を描いていたとするならば、この「脳内ニューヨーク」は近代以後の自己分裂を描いている。自分がまず分裂を日常で意識するのは何時なのかを考えてみると、わたしの場合、朝起きて、郵便受けに新聞を取りにいくときだ。そのとき、そと面のわたしと、うち面のわたしが離れるのを感じる。

じつは、この映画での提喩、つまり自分の分身が最初に現れるのが、ケイデンが冒頭で郵便受けへいくときであり、通りの向こうに、分身を演じるサニーがすでに現れている。ここを見逃すと、この映画はずっと理解できなくなってしまうだろう。

わたしたちの周りには、提喩的世界がつねに存在していて、他者を介して、それが自分に帰ってきている。それをありのままに描くとすると、このような映画になるのではないかと思われる。

とくに気になったシーンは、自分を自分の分身が模倣する場面である。ケイデンがかつて自殺しようとしたビルを模倣したセットのビルで、自分の分身であるサニーが、分裂のあおりを受けて、実際に自殺してしまう。分身の自殺がリアルであることを示すために、このとき逆に、歩道が映画のセットであることを強調するのだ。つまり、サニーの身体が、歩道を模した木で出来た道にめり込んでしまうのだ。このような凝った話が緻密に連続している映画だ。

それから、自己分裂が起こったときの指標として、感情が磨り減り、感情の提喩たる肉体に異常が起こるというのは、ありそうな話である。ケイデンが、肉体に変調をきたしたとき、医者から言われるのだ。意識して、唾液を出しなさい。呼吸をしなさい。

そこまで演じることができれば、「脳内ニューヨーク」では、すべての配役が主役になる、ということになるのだが、その途端に、すべては混沌に帰ってしまうのだ。秩序ある混沌は、混沌の混沌の一部でしかないということなのだ。当分、提喩が夢の中に出てきそうである。

2010/02/20

カラヴァッジョあるいは茗荷谷の黄昏

Photo_2 4月から始まるテレビ科目「社会の中の芸術」で他の章を制作してくださった神戸大学のM先生が映画「カラヴァッジョ」の監修をなさっているというので、朝一番にテアトル銀座に駆けつけて観て来る。科目のなかでも、カラヴァッジョを取り上げていると、ここで宣伝しておきたい。

10時に会場に着くと、何ということだ。もう満席で、前のほうの数席しか空いていない。土曜日の老年力を感じる。周りを見渡しても、ほとんどアラカン世代なのだ。

カラヴァッジョとは、いったい何者なのか、ということがこの映画のテーマだ。パンフレットに載っていたM先生の言葉は、「近代を切り拓いた天才画家」という表現だった。ほんの数行のコメントだったので、真意は推測するしかない。

16世紀から17世紀への変わり目に、イタリア全土をめぐって活躍した画家なので、明らかに完全な近代の画家ではなく、どちらかといえばまだ不完全な近代における画家だ。それにもかかわらず、それだからこそ、「近代を切り拓いた」という、それ相当の理由が存在するのだ。

もちろん、技術的に見れば、モデルを使って描く、実証的な手法を取り入れている点では、きわめて近代的だ、と言ってよいと思われるが、注目したのはカラヴァッジョの個性のあり方だ。

映画の中核として描かれているのは、カラヴァッジョの絵画における「卓越性」と、時代の中での罪深さという「不道徳性」であり、ここで自己の分裂を招来させていて、近代的な自己分裂を描いている。

当時すでに「工房」という組織的な職場を築いていたために、芸術という産業が確立していたのである。この結果、芸術性だけが求められるのではなく、近代社会特有の道徳性が芸術家には求められることになる。これに対して、カラヴァッジョは工房から逸脱して、職人としての芸術家から飛び出ることを図ったために、近代社会特有の自己分裂をすでに近世で、実現してしまったのだといえるのではないだろうか。

感心したのは、マルタ島騎士団の役割だ。カラヴァッジョが殺人罪に問われたときに、ローマという国家権力に対して、騎士団という異なる文脈の中間的権力が存在したことだ。国家・教会と、個人との中間にあって、仲介する役割を見せている。騎士団の決定は、ぎりぎりのところを突いていると思う。

この騎士団は、歴史上有名なコインを発行していることでも知られている。そのコインには、「銅にあらず、信頼なり」と刻まれている。このような文化を持っていたからこそ、権力の使用でも抑制の効いた興味深い動きを見せたのだと思われる。

Photo_3 映画の終了後には、抽選会が行われ、景品がつくとのことだったが、次の場所へ移動しなければならなかったので、残念ながら終了後すぐ、東京駅へ駆けつけ茗荷谷行きの地下鉄へ乗る。

Photo_4 東京文京学習センターで、大学院ゼミナールを開催した。M1の方々は、知見の蓄積が進んで、それぞれおおよその方向性が出てきた。もう一息で、草稿作成段階へ突入できるだろう。今年は順調な方が多いが、実際にはこれからが正念場だろう。

Photo_5 M2のMさんが途中から参加してきてくださって、論文作成の実体験を話してくださった。学生の側から語る経験話は、わたしたち教員の側からの話と一味違っていて、M1の方々も聞き入っていた。昨年もFさんが特別参加して、同じように、後輩へ話をしてくださった。これがゼミの伝統になればよいなあと思ったしだいである。

Photo_6 じつは東京文京学習センターは2年間の新築工事に入るために、わたしたちにとっては、この校舎を利用するのは今日が最後になる。この建物は、おそらく旧東京教育大学時代に建てられたものだろう。70年代の学生闘争から筑波大学への再編成を静かに見てきた建物である。この写真のヒマラヤ杉も切り倒されてしまうのだろうか。

これまで、何度となく、ここを拠点にして、ゼミナール、研究会を催してきた。まだ、東京教育大学時代に訪れて、自主ゼミに参加したこともあるが、なんといっても放送大学時代になって、ここの演習室、実験室でのゼミナールは忘れがたい。感謝の気持ちで一杯である。

Photo_7 また、ゼミのあと、必ず寄っていた喫茶店「レフィーユ」も12月で閉店していた。こちらにも、同様にご苦労様と言いたい。この辺の喫茶店も、東宝パーラー時代からずいぶん変遷があった。学生街の雰囲気が残されていた街だった。それも今後高層ビルがいくつか建つので変化することだろう。街全体に対しても、お別れを言いたい。

2010/02/14

山手線のバレンタインデー

JR新橋駅を山手線に乗って通りかかると、駅前の、有名な蒸気機関車広場がビルとビルの間に広がっていて、それを背景にして、若い男女がホームに立っていた。

休日でホームには人影もまばらで、このカップルの男性のほうは欧米系の外国人であり、女性は20代後半の日本人で、何かを訴えかけているようだった。よく見ると、目には涙が浮かんでいて、まるでドラマを観ているかのようなシーンだった。

そういえば、今日はバレンタインデーなのだが、このシーンはすでにチョコレートを贈った後の話だろうか。昔、友部正人の唄で、「中央線よ 空を飛んで あの娘の胸に突き刺され!」というフレーズがあり、思い出してしまった。現代日本では、このような劇的なシーンを作り出すのは、女性なのかもしれない、ということを感じたしだいである。

ホームで電車に乗る瞬間と言うのは、何か重要なことを言うきっかけになるのかもしれない。もっとも、わたしの経験からすれば、切羽詰って言うのは、いままで何事もうまくいったためしがない。だからこそ、ホームでの涙、ということになるのであろう。

首都圏を通過する生活を続けていて気のつくことは、女性の勤め人が多くなったことだ。役割が交錯してきていることは間違いないだろう。役割と言っても、路上のことであるから、日常のことに過ぎないのだが、やはり気になりだすと仕方が無い。新橋の場面は、バレンタインデーの数ある1シーンに過ぎないが、その背景にある世相の変化を感じさせる。

2010/02/13

揺れる関係とは

アラカン(還)世代から見て、50歳のころはどうだったか、と考えるならば、「揺れる世代」だったという思いがあったような気がする。もちろん、肉体的な限界があるという思いが通り過ぎるのだが、それは実際の肉体の問題というよりは、精神的な問題だったような気がする。限界があるのではないか、というので揺れるのだ。

映画「The Private Lives of Pippa Lee」を観てきた。誰もが指摘しているのだが、邦訳題名が内容と合っていない。「50歳の恋愛白書」という題の付け方は、当然批判されるためだけに、あえて付けたとしか考えようがないので、ここでは抗議するためにあえてコメントしないでおこう。

内容は、恋愛劇というよりも、前回に引き続き、母と娘の物語であると、わたしは思う。この映画のなかで、「母と娘の関係は、つねに揺れている」というセリフが出てくる。「けれども、いつも逆を向いている」と続くのだが、なんとなくわかる気にさせる言葉だ。

母娘孫の三世代にわたって交錯する気分が、理解できない部分が多く、面白い。どの辺が理解できないのかといえば、母が隠れてドラッグを飲んでいる。これを娘はずっと知らずにいて、知った途端に反発するのだ。この辺まではわかるのだが、その後娘もドラッグを飲むようになり、家を出る結果になるのだ。そして、年月が経った後、和解する。この辺の揺れ具合は、よくわからない。以前だったら、このわからない部分は、文脈の悪さとして片付けていただろうと思う。

今回の映画では、母と娘の関係をオープンにしておいて、さらに娘とその娘の関係を最後に入れて、三世代でようやく物語を結びつけている。つまり、二者関係だけで、理解させるのではなく、さらに人間の連鎖のなかで物語を語るという手法だ。

わたしたちの日常の人間関係についても、このように回りめぐって、ようやく理解できることが意外に多いのではないかと、考えたしだいである。それから、監督が作家アーサー・ミラーの娘のレベッカ・ミラーで、作家と作家をめぐる人間関係についても、興味深い描写がなされていて、この点でも興味深い映画となっている。

2010/02/09

食べることと、母と娘の物語

わたしの生まれた田舎には、双峰型の山がどんどんと在り、「お尻」山と呼んで親しんでいた。キューピーのお尻のようになだらかで滑らかな形を青空に示していた。その山に向かって凧を飛ばしたことがあったが、山に届く前に糸が切れて飛んでいってしまった。

このお尻は、小さなときから当然のように、女性のお尻だと考えていて、霞に掛かった世界が存在することを暗黙のうちにわかっていた。妻と娘の関係を見るにつけ、女系の関係は良くわからないところがあって面白い。つまり、母系制という母と娘の関係には、言葉では表現できないものがあって、理解不能なところでのコミュニケーションが通じている。

映画「食堂かたつむり」の冒頭には、やはり双峰型の山が出てきて、その村はおっぱい村と呼ばれていて、母系制の物語が綴られていく。主人公「りんこ」は、父親なしで生まれてきたことになっているし、失恋によって、父系社会特有のメディアである「言葉」を失ったところから、物語は始まることになる。母系社会の特徴は、男が存在しなくても、社会が存在しうると考えているところだ。これは父系社会が、必ず女性を必要としていることと好対照を示している。

コミュニケーションの手段が、「ごはん」であるというきわめて家族的、母系的状況のなかで、物語が展開していく。

石榴(ざくろ)は、信州の田舎町でわたしが出合った果物としては、鮮烈な印象を残していて、友人宅の軒先に実が赤くなるまで、ずっとぶら下っていたという思い出がある。種を含んだ果実の酸っぱさは格別だ。けれども、実際には果実の部分は少なくて、それだけで通常のくだものとしてどうにかなるというものではない。けれども、この映画のような使い方はたしかにありうる。映画では、カレースープの隠し味に使われていたが、どうなんだろうか。試してみたい気にさせることは間違いない。石榴を知った人には、効果的なシーンなのかもしれない。

食べることを映画にした例は、近年珍しくないが、これらはほとんどグルメ志向の話が多かったので、外から食べることを観察していたような気がする。いわば、内生的な、といういうことは、内側から状況が変わっていく物語は、はじめてではないだろうか。食べることは、知らず知らずのうちに、何かを変化させることだ、ということを伝えていて、そのことは現代的であって、きわめてメッセージ性が強い映画だということだ。

今後の日本社会を考えると、田舎での循環型社会を考える必要に迫られている。農業がその一角を構成し、なおかつ、サービス業を含むものとしては、「食堂」産業はその一部を担うに違いない。現在のところ、グルメ文化が蔓延っているので、どうしても「見せびらかしの消費」に向いがちであるが、もうすこし落ち着いてみれば、通常生活型の食堂産業は、もっと需要されるのではないかと思われる。

今回の主演りんこを演じるのは、女優の柴崎コウだが、映画「どろろ」の役とはまた違った味を出していた。このようなゆったりとした、ちょっと太目の役も演じられるのだ。言葉がないだけに、感情や表情やしぐさでの演技が主たるもので、この状態でどのような恋愛が展開できるのかがみたいと思ったが、それは物語の想定外だったようだ。そもそも、カタツムリは雌雄同体だ。

信州の田舎に育ったわたしのような者にとって、石榴だけでなく、ヤギの乳の匂いや、イチジクのジャムの甘さが、口の中にじゅわっと広がるような映画で、感性を満足させてくれる映画だった。さらに素敵なアニメがついていて、とくに自転車の上からカタツムリ状の野菜や動物が二重三重に重なってくるところは、とても面白かった。この映画を象徴している場面だと思う。

2010/02/06

親密さ

親密さには、家族のようなものから、コミュニティや友人のようなものまで、類型は数多くあるのはたしかであるが、ほんとうに親密だということを言いうるには、このような形式的な関係だけでは、言い尽くせないものがそこにあるのも、たしかだ。

映画「抱擁のかけら」を観て来た。会った途端にそうならざるをえないような関係、という親密さを演じさせたら、女優ペネロペ・クルスに適うものは現代ではいないのではないか。また、このような演技を取り出す、アルモドバル監督もすごい。映画「ボルベール」のときには、香りや匂いが官能的に画面に現れていたことで、印象に残っている。このときも、家族の親密さは(父親との関係以外は)うまく描かれていた。

特別なことを特別なこととして、近しく感じ合えてしまうというのは、人間本能の一種だと思われる。けれども、このような本能は、おそらく絶えず磨いていなければ曇ってしまうような、限りなく鋭敏なものなのだと思われる。

わたしたちも日常の中で、少なからず発揮していることはたしかなのであるが、それはほんの一瞬でしかないから、身が持つのだと思われる。演技だとはいえ、常にこのようなことを演じなければならない女優業というのは、たいへんな職業だと思う。

わたしたちは日常生活で、特定の人にしか、親密さを感じないからこそ、その親密さに意味が出てくるのだということになっている。けれども実際は、親密さが複数にならざるをえないのが、現代の生活だ。だから、現代人は少なからず俳優的な側面を自分の生活のなかで持ってきてしまっている。

このような親密さの演技を持続するペネロペ・クルスの日常はどのようになっているのか。今回、ずいぶんと痩せたような印象を与える。今度はもうすこし太って、また猛烈な親密さを演じてもらいたいな、と思っている。

2010/02/04

ラジオ科目収録の終了

Photo 今年度の収録がようやく終わった。テレビ科目「社会の中の芸術」は年内に終わっていたのだが、ラジオ科目「社会経済組織論」を1月になってから、毎週2コマのペースで録ってきた。このペースはなかなかよいのだが、それ以外の仕事が毎日入っていたので、1週間があっという間に経ってしまい、毎日録っている気分だった。

これならば、結局は1週間あけている意味はないので、今度からは毎日録る方式を試してみようと思う。ラジオにも集中講義方式があってもよいだろう。

Photo_2 理想的には、ほぼ1週間あれば、1番組が制作できることになる。もちろん、準備期間は1年間くらいあるとしての場合だが。と皮算用通りには行かないのが現実である。なぜうまく行かないのか、今度じっくり考えてみたい。

とはいえ、お仕舞いということは目出たいことである。さっそく、録音を15回ずっと担当してくださった技術のAさんを誘って、はやばやと打ち上げ昼食会を催すことにする。Bスタの金魚鉢ともしばしお別れである。

考えてみれば、放送大学にいながら、放送の技術の方々と話す機会はあまりない。大きなピザ窯のある、近くのイタリアン料理の店で、ランチを一緒にゆったりと食べた。

Photo_3 そこでいろいろと最近の技術動向についてお聞きした。頭の中が理科系にできていないので、メカニカルな話になるとなかなかついて行くのに苦労する。けれども、デジタル化してから、話の修正が簡単にできるようになった。この便利さは実感している。DAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)という編集機が入っていて、マルチトラックで録音をすることができるのだ。

Photo_4 3月から、さらに新しい編集機が入るのだそうだ。機械の内容は、聞いてもよくわからなかったが、技師の方々がシステムが変わる度に、ソフトがすべて変わるので、それをすべて学び直さなければならない、ということを聞いて興味深かった。

なにが興味深いかと言えば、学習し直すことは、大学だけでなく、現実社会でもずいぶん行われるということである。それは文筆業のパソコン更新と同じですよ、とおっしゃっていた。話のなかで気がついたことは、編集という作業がテレビ局では重視されているということである。もちろん、オリジナルな素材がなければ、編集作業それ自体は成り立たないが、素材が活きるか活きないかは、編集部門が握っているらしい。

そういえば、放送大学には編集部門がないなあ。この辺は、技術的にはディレクターにすべてお任せするしかない、というのが実情だ。そして、授業内容については、先生方に任せられている。この中間でつなぐのが編集なのだ。

NHKの中でも、編集が幅を利かせているのは、Nスペなのだそうだ。テレビ的流れがたしかに良いのがわかる。機会があれば、放送大学で話をしていただくというのも良いのではないかと勝手に思ったしだいである。

2010/02/02

散逸した世界をまとめること

自己完結を目指すのが、人間の本能であるという、先人の指摘は認めてきたつもりだが、自分の現実を眺めてみると、そう簡単なことではないことがわかる。怠惰なりに、自分をつなぎとめようとするのだが、そううまくいくことは滅多にない。

母が幻想を語るようになって、それを聴いていると、取りとめもないことを言うなかにも、なんとか自分を何かに繋ぎ止めたくて、語っていることが数多くあってはっとさせられる。

同じレベルで言う事はできないが、一般化できないこともない。いろいろな自分を創って、自分の世界を広げてきている現代人も、散逸した自分の世界をいつかはまとめてみたいと、潜在的には考えるのではなかろうか、という想像をしてみた。

今日は、朝からなんとなく浮き浮きしていて、その理由は、早稲田大学のO先生に会いにいくことになっているからである。わたしのブログはO先生に触発されて出発した。それで、なぜブログを書くのか、ということを考えるときには、初心に帰って、先生のブログを覗くことにしているのだ。

直接会ったからといって、なぜブログを書くのかという疑問が直ちに解決されるわけではないが、話していて、もっとも印象的だったのは、日常を繋いで、輪郭を浮き彫りにするということをおっしゃっていて、そのことは逆に自分に帰ってくるということだ。

ざっと話は飛ぶが、まったくつながりがないわけではない。じつは以前にも書いたように、放送大学叢書の執筆を直接お願いするためにO先生のところを訪れたのだ。「商談」はすぐに成立して、引き受けていただくことになって、たいへん喜ばしい。

なぜ以前の著書を改めて書き直してもらって、放送大学が叢書にしているのかといえば、散らばっている知識を集めて、まとめたいという「大学」というものの本来的な役割を意識しているからだといえる。自分でみてもそうなのだが、他者からみても、あちこちに散らばってしまった世界は気になるものだ。いつかは、まとめて置きたいと思いながらも、結局そのままになってしまうのが、世間の趨勢だ。

ここはお節介だ、と言われようとも、眠っている放送大学の資産を活性化させたいと考えたしだいである。もちろん、放送大学のためでもあるが、著者にとっても絶版になってしまっているものを復刊させるメリットは十分あるに違いない。

ところで、O先生の研究室は早稲田大学の戸山キャンパスにあるのだが、わたしも一度は早稲田大学の入学式のためにここの記念会堂へ来たことがあるのだ。残念ながら、経済的な理由から、他大学へ行くことになってしまったのだが、じつは母を一緒に連れて、クラブや同好会の勧誘に身を任せながら、大学生気分を満喫したキャンパスであるのだ。ちょっと懐かしい。

S_2 大学の校舎を通り過ぎ、裏山の側面に沿って、穴蔵のような丸窓がいくつも並んだコンクリート打ちっぱなしのモダンな研究棟があり、そこにO先生の研究室があった。研究棟の中に入ってしまうと、静かで落ち着いた白い僧院という感じだ。もったいないことに、O先生はここでは原稿は書かないらしい。隣の研究室は、S先生の部屋で、S先生も以前放送大学の先生だった。

途中、近くのカフェ・ゴトーに場所を移して、次の講義までの時間をたっぷりと雑談を楽しんだ。今は、かなり少なくなってしまったが、学生街の喫茶店という雰囲気を味わおうとしたら、ここは最適ではないかと思われる。ちょっと大き目の チーズケーキとコーヒーをO先生にご馳走になってしまった。G_2

なぜ仕事をお願いにいって、逆にお茶をご馳走になって帰ってくるのか、というところなのだが、それは今度はわたしが支払いますよ、という互酬制を知っているもの同士だからこそのやり取りだということにしたおきたい。O先生、ご馳走様。美味しかったです。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。