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2009/12/28

不思議に満ちたエレファントを採取した

年の瀬なのに、長い一日になりそうな予感があった。大阪の宿舎を出て、喫茶店文化取材の一日だ。昨日お休みだった、本町の平岡珈琲店へまず行くことにする。

昨日、この辺をちょっと散策しただけなのに、もう足が条件反射的に動くのは、身体が取材用になっている証拠だ。違う道を辿って、最短の距離を刻むことができている。

入ると意外に小さな店だった。最大限活用しようとすると、使い回しがたいへんらしく、腰掛けようとした席は先約があるとのことで、違う席に移されてしまう。小規模経営の利点は、目が届くということだが、家族ふたりでカウンター席を入れても、25席くらいの一室での喫茶店はちょうどよい規模なのかもしれない。

不思議だったのは、この近辺の会社関係の人びとが顧客だとおもっていたら、それだけではなく、もちろん6人連れの客はビジネスで商談を行っていて、この地区の特色を現わしていたのだが、それ以外に、3人の家族連れがいて、みんな珈琲が好きで来たという感じなのだ。

それから、持ち帰り客がいて、たぶんこれだけ競争の激しいところでもまだ守っているのは、このようなビジネス客以外の追加的な客の存在が大きいだろう。それから、取って置きのこの店が客をひきつけている理由は、特製のドーナッツにある、さらっと揚っていて、このどろっとした珈琲との相性は抜群だ。ドーナッツ鍋がカウンターの後ろにあり、さわさわと揚がっていくのをみることができる。

本町から地下鉄を乗り換えて、環状線の玉川駅へ出る。梅田方向へ向かっていったJR線の高架下、ここにカフェ・バーンホフがある。放送大学の番組でお世話になった、田口さんの「カフェバッハ」の流れを組む店だというので、場所らしさを見にいった。味は、すでに「カフェバッハ」で賞味済みなのだが、やはり関西ということで、すこし違った味を加えていて、ほかの関西苦味系と一線を画しているように思えた。複合的で、重層的な味がカフェバッハの味だと理解しているが、その系譜を受け継いでいると思う。

地域の雰囲気が今一歩わからないのであるが、このような関東風の店構えを関西の人びとは受け入れるのだろうか。昨日と今日飲んできた、大阪の苦味系の系譜とは異なる。この辺の好みは、場所に依存するので、受け入れられるのかということについては、美味しいだけでは判定できない。

その後、どうしても寄りたい喫茶店がもう一軒あって、これまで何度も訪問に失敗していることを思い出し、京都へ出る。

これまで京都に来るたびに、何回か探したが、そのたびに時間が迫ってきてしまって、諦めていた喫茶店なのだ。エレファント・ファクトリーという珈琲屋さんである。この名前の由来は、昔の絵本で、タイの象が輸送や建設の原動力になると聞いたことがあるが、その系統なのだろうか。カップにダンボの耳をもった象が描かれていたが、素直に考えれば、店のご主人のシンボルだということだと思われる。身体が大きくて、聞く耳をもっている、という符牒なのかもしれない。だとしたら、かなり自分ということを意識した方が、この喫茶店を運営しているのだということだろう。

今回は、たぶんうまくいくのでは、という期待があった。京都には、一見さんお断り、という伝統があって、普通の人びとの中にも根付いている。このようなわかり難いところに店を構えるのも、この伝統の現れではないかと思ってしまう。自分のことは棚に上げてだが、観光客にはやはり来てもらいたくないなあ。

おそらく、このまま行けば、私有地の表示がしてあって、行き止まりではないかと思える奥に、横に逃げていく横丁があって、こんな繁華街の中心地なのに、子供たちが遊んでいる。そんな横丁の蔦の絡まった、レンガ造りの急な階段を登ったところに、古い木製のドアがあって、ちょっと開くとえらいことになりそうな予感がする。中に何があるのかわからない、友達でも一緒にいて大丈夫だと念を押してくれなければ、その扉を押すのは躊躇してしまう。

けれども、扉は開くためにあるのだ。なかは、工房風の机や椅子が並んでいて、居心地のよさそうなカウンターが廊下沿いに並び、さらに奥にテーブルがある。コーヒーは、評判どおり、苦味系の美味を出している。一緒に頼んだチーズケーキがしっとりして絶品で、コーヒーとの相性が良い。今度書いたテキストの「まえがき」の再校原稿を抱えていたのだが、3箇所どうしても気に入らないところがあった。ゆったりしたお蔭で、頭の中が瞬間的にぐるぐる、ぐるっと働き、うまく書き直すことができた。

ここの店主は、客の帰るたびに、ドアを開けて挨拶をするのだ。なぜそんな丁寧なことをするのだろうか、と不思議に思った。ひとつは、丁寧な商売人だからなのか、ふたつに、こんなに立地の悪いところなので、リピーターを募っているのか、などと推理していた。1回や2回、雑誌に取り上げられたからといって、またコーヒーやケーキが美味しいだけでは、一回限りの効果しかないだろう。

ところが、違っていた。わたしのような一見の客にも、ドアを開けに来てくれた。そこで不躾ではあったが、質問をしてしまった。「おいしいコーヒーを淹れた瞬間とはどのようなときか」と。ちょっと困った顔はなさったが、ただちに「自分では判断できません。お客の反応が決めることです」とおっしゃった。とっさに、このような至言が出るのは、日ごろからこのことを考えているからだと思う。

ひとつの典型を採取できた思いだった。帰りの道は小躍りしながら、京都駅へ向かった。駅近くのパスタ屋さんで、捕まえた想念に形を与えて、新幹線に乗り込んだ。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。