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2009/12/31

大晦日

年も押し詰まってしまった。今年は、書くことと番組つくりに追われた一年間であったという感が強い。放送大学の講義の制作年にあたっていたので、この思いは当然であるのだが。

これまでにも、1年間に3冊仕上げた年もあったから、それから比べれば、今年はそれほどではないかもしれない。一年の最後に当たって、どれほど仕事をしたのか、原稿用紙の数で測ってみた。

1冊のほうは、学部の講義なので、10ページほどを5章だから、約100枚すこしである。もう1冊は、大学院の講義なので、15ページ平均で、15章だから約540枚書いたことになる。これらは、今年の初めから準備ははじめていたのだが、実際に書き始めたのは、1学期が終わった7月からで、約3ヶ月かかってしまった。

ビデオ制作とラジオ収録が二週間ごとに繰り返し、これも合計で20本。ラジオ収録は2月まで続く。これについても、シナリオ案やインタビュー案などを原稿用紙換算すると、同じ程度の枚数になるが、内容はだいたい重なるので、ここでは度外視したい。

それにどうゆう巡り会わせだったのか、たまたま所属していた大学の委員会で軒並み、執筆を伴う作業委員会が3つあり、ここでも合計で100枚くらいは書いた。それに、論文も少ないとは言え数十枚書いた。

というわけだが、いかに仕事を行ったのかを誇るために、この数字を出したのではない。かつて、ある大学の先生が、どのくらい書けば、大学の先生をやめて、食べていけるか、ということをおっしゃっていて、思い出したのだ。

わたしが今年書いた700枚あまりで、生活が可能かどうか。明らかに無理である。放送大学の規定原稿料は、400字詰原稿用紙1枚当たり1800円くらいである。2000円として、140万円だから、これだけでは絶対に生活できないだろう。執筆期間を3ヶ月から、12ヶ月に増やしても、560万円しか稼げない。

もし作家なみに、1枚1万円もらえるならば、ようやく暮らせても、毎年700枚を書くとなると身が持たない。もっともそのときは講義は免除されるだろうから、原稿に集中すればよいのかもしれないが、それだけの原稿の需要がないだろう。やはり、無理だ。

今年1年、芸術家を取材して歩いた。その中で、なぜ一般の芸術家は貧しいのか、というテーマを1章設けて、追究した。この結論には構造的な理由が見つかったので、書いていてそれなりに面白かったが、実際のところ、芸術家だけの話ではなく、中世には、学者も貧しかったのだ。近代になって、教育制度の中で、学者にスポンサーがつくようになったので、生活できるようになったといえよう。この意味では、取材していて、身につまされる思いだった。学者という職業にとっては、制度的幸運としか言い様がない。

お正月はたいへん混むので、年末に弘明寺観音にお礼のお参りをして、今年を締めくくった。明日から、また心を新たにして、1年をスタートさせよう。

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