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2009/07/31

耳鳴りと精神病

学生の試験期間も最終段階に入り、他方こちらは試験採点の期間に入った。夏とは思えぬ涼しい日である。朝のうちが稼ぎ時なので、K大の約200名分の試験採点に取り組む。

最近は試験も講義のうちだ、と宣言しており、試験準備に最低でも30時間から45時間かかるような試験問題を出している。この形式は、学生にとっては、かなり工夫がいるので、おそらく労力からしたら、ほかの試験よりも難物であることは確かだろう。けれども、試験を仕上げたあとの圧倒的な達成感はあると思われる。

記述するだけでも、試験時間全体の8割くらいはかかる分量なので、この点でも前もってある程度考えておかなければ、到底書くことはできないだろう。このような形式はレポートに近いのだが、やはり試験答案として記述する緊張感は大切にしたいところだ。

わたしの大学時代で印象に残る試験だったのは、やはり論文形式のものであった。なかでも自分でかなり苦労して書いたものは印象に残っている。たとえば、N先生が古代ユダヤ思想を講義なさっていて、試験には家族論について書いた思い出がある。20数年前に書いたことなのに、いまだに内容を覚えている。S先生は、アメリカ論だったが、このときもかなりの分量を書いた記憶がある。

それにもかかわらず、文章だけはちっとも上手くならなかったのは残念だが、印象だけは残っているのだ。考えてみれば、昔は論文・レポートの書き方などは注意してくれなかった。今回の答案にも、学生が自分の文章を作り上げていくことに没入したと思われる答案が散見されて、すこしは試験効果があったのでは、と試験作成者としては自惚れているところだ。

夜の7時くらいまでには、無事終了することができた。余勢を駆って、妻を誘い、映画「クララ・シューマン」のチネチッタ最終回に滑り込む。いつものネオン塔が迎えてくれた。

2ロベルト・シューマンが耳鳴り・頭痛から始まって、薬におぼれ、次第に精神を病んでいく過程が、この映画の背景をなしている。このなかで、クララがいかに行動するかということに興味を覚えた。映画的だと思われたのは、「アヘンチンキ」である。クララの心を映像で出すことは難しい。そこで、この「アヘンチンキ」が登場する。

クララは、はじめロベルトの言うことを聞いて、医者からこの薬をもらう。けれども、医者の話を聞いて躊躇する。さまざまな症状が進行するにしたがって、次第に習慣化を許してしまうのだ。「アヘンチンキ」はいわば運命の象徴であり、愛の象徴であると同時に、死の象徴でもあるのだが、そのことを知っていてもそれを避けることはできないのだ。

女性客が多かった。ひとつ空いた隣の席に座っていた方は、箱のポップコーンにコークという完璧な映画鑑賞スタイルで、シューマンが亡くなったときには感極まったらしく、顔を盛んに拭いていた、と妻が言っていた。クラシック・ファンにとっては、シューマンとクララとブラームスの結ぶ人間関係は、教養の一部といえるが、まったくのところ教養と同じで、その内容はまことにわかり難いのだ。

家に帰って、今日最後のコーヒーは、先日購入したインドネシア産豆。淹れたときよりも、すこし時間を置いてから飲むと、甘くすっきりした味になる、たいへん不思議なコーヒーである。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。