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2009/06/09

「正しい」珈琲

Photo_8 今日は、南千住にあるカフェバッハのT氏へのインタビューを行った。ここは、1960年に起こった、山谷ドヤ街の焼き討ち事件のあった交番の並びにある。

いまでは、住民もすっかり高齢化しており、またドヤ街にも外国人向けの安いホテルが立ち並んでいて、ひところの姿はない。交番も、駐在員は警察署なみにいまでも多いが、署から交番への格下げがあったらしい、と教えられた。

Photo_9 取材というのは、不思議な作用を持っているので面白い。相手の方がどのような現実を抱えているのか、ということが主眼であるのだが、それで取材を申し込むと、打ち合わせのときには、その現実がまさに現れてくる。打ち合わせは、雑談であっても、歴史が凝縮されて現れて素晴らしいものになる。

それで数日後に、本番のインタビューが始まると、そこではすでに打ち合わせのときのことが織り込まれていて、歴史は繰り返さない、という原則のとおりに、もっと違う話へ移ってしまうことになる。

このことは、取材も現実だ、ということを表しているのだと思われる。わたしは聞き役として、2倍以上の話を聞くことができて仕合せである。けれども、テレビに定着できるのは、やはりそのほんの一部でしかないのだ。相手の方にも、聴取者の方にも、なんとなく申し訳ない気分にときどきなってしまう。

インタビューは順調に進んだ。なかでも、職人的な「正しさ」という言葉が印象的だった。AさんとBさんとは嗜好が異なるのだから、美味しさの感覚も異なるはずである。ところが、両者ともに「美味しい」という場合があるのである。T氏はこのことを追求したのだと思われる。

Photo_10 取材のなかで映像を撮りたいので、店のカウンターで話をしていて欲しい、とディレクターのF氏に求められた。すこし恥ずかしかったのだが、珈琲を飲ませていただけるという役得もあったので、カウンター内でコーヒーを淹れてくださった方と話をして過ごした。

そのときに、「美味しい、と思えるコーヒーを淹れたときは、どのようなときですか」という質問をしてみた。しばらく、考えていて、「急がないで、ゆったり」と淹れたときです、という答えが返ってきた。むむー、そうか。ドリップにお湯を注ぐ瞬間に、時間が止まったかのような動作を示すのは、それだったのか。

今日のコーヒーでは、バッハブレンドは相変わらず素敵だったが、パナマ産のゲイシャ種豆のコーヒーがあり、すこし違う味を楽しめた。上品で、やわらかなコーヒーという印象だった。すっかりお世話になってしまったが、T氏と奥さん、それからN氏に別れを告げ、家路を急いだ。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。