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2009年6月に作成された投稿

2009/06/30

オーケストレーションと楽団組織

Photo_5 オーケストラという言葉自体に、すでに集団的な特性、組織的な構成という意味があって、そのように使われている。だから、改めて「楽団」という組織を取材するのは、ちょっと遅まきながらというところがあって、さらに子どものころのコンプレックスも加わって気が引けてしまう、と思い込んでいた。小学校時代にバイオリンを習っていて、挫折した経験があったので、それが災いしたのかもしれない。

楽団というもの、組織特性には、ふつうの企業にはない、面白い特徴がたくさんあって、以前から注目だけは怠らなかった。バッハを聞きながら、聖トーマス教会における音楽組織はどうなっていたのか、などと演奏中に思ったりする程度ではあったのだが。

きょうは授業ロケで、東京交響楽団を取材し、楽団長Yさんにインタヴューを行った。今回実際に、インタヴューを行っているうちに、興味深い点が次から次に出てきて気後れする必要はなかったのだなと自覚した。ちょうど川崎ミューザ5周年記念の行事が重なって行われていて、練習風景も撮らせていただくことができた。マーラーの交響曲第8番(千人の交響)の大人数のコーラスは、リハーサルとはいえ、始まりから迫力があった。ガラスがビリビリ鳴って割れるというのは、このようなときなのだ、と思った。

Photo_7 さて、オーケストレーションという組織構成についてだが、もちろん交響曲それ自体が音符を通じて、楽器間の有機的構成を維持しているといえる。そのような有機的な組織については、誰でもが感じることができるのだが、リハーサル段階になってくると、全体とか文脈とか、さらには会場にあう大きさだとか小ささだとか、ということが問題となってくるのだ。そうすると、それは演奏者だけではわからない問題、あるいは試行錯誤をする問題が出てきて、それをどのように解決するかが、リーダーである指揮者、音楽監督に課せられることになるのだ。

楽団の取材では、リハーサル部分にも立ち合わせていただいたが、興味を持ったのは楽屋でのコミュニケーションだった。ここで、雑談も含めて、さらには日々の挨拶を含めて、非公式的なコミュニケーションが行われており、この雰囲気が重要なのだということだと思われる。今日はいらっしゃらなかったが、音楽監督のスダーン氏はいつもドアをオープンにしていて、楽団員とのコミュニケーションを欠かさないのだそうだ。風土とか、スタイルとか、という言葉でふつうはまとめられてしまうが、それ以上の役割を果たしているように見受けられた。今日の指揮者I氏にも挨拶できたが、こんなことなら、指揮者や楽団員のかたがたにもインタヴューを行っておくべきだったとちょっと残念に思った。

Photo_8 ほんとうは5周年記念コンサートの本番を撮りたかったのだが、残念ながら皇族が聞きに来るというので、警備の点から無理があった。けれども、楽団経営の話なのだから、かえって普段着を着た、前日のリハーサルを撮ることができたのは、かえって良かったように、今となっては思われる。

2009/06/29

疲れは、風と舞う

Photo 弘前からの移動の疲れが出てきたので、K大の講義が終了すると、東神奈川へ徒歩で出て、JR根岸線で桜木町へ。このコースは、これまであまり使ったことはなかったが、考えてみるに、運動不足解消にたいへん良い。帰り道としては、かなり楽しめる。

まだ、日が昇っているときに、野毛を歩くのは印象が違っていて、道の幅が広く感ずる。けれども、店に入ってしまえば、想念を羽ばたかせる闇が広がっているのだから、夜と同じことだ。

店の音楽も、客の状態を察してくれる。入るとすぐに、ゲーリー・バートンとチック・コリアの「クリスタル・サイレンス」がかかって、疲れが目からすっと抜けていくのがわかる。店の奥には、トイレに通ずる扉があって、看板と同じチェロかコントラバスの板が貼り付けられている。

Photo_2ここから、違った世界へ入っていくことを示している。トイレには、スティーブ・マックイーンの大脱走ポスターが飾ってあって、自由な気分もようやく極まってくる。

席にかえると、もう違う曲へ入ったところで、鐘の音がカーン、カーンと響く。と同時に、突風が巻き上がったような、空気が流れてきた。マッコイ・タイナーの「フライ・ウィズ・ザ・ウインド」の始まりだ。なぜまだリクエストしないのに、リクエスト曲がわかったのか、今でもなぞだ。

Photo_4 最後のコーヒーだけでも良かったのだが、曲に誘われて、いつもの黒ビールも注文する。結局、ノートを黒くしなければ、店を出ることはできないのだ。

2009/06/28

弘前の街と喫茶店

Photo_7 朝から夕方まで、講義は二日間びっしりあり、その前後や移動日には幕張での委員会や、講義が重なっているので、今回、折角弘前まで来ても、街歩きはほとんどできない。じつは、6月に、学生のKさんがわざわざ横浜からこの弘前へ面接授業を受講しに来ていて、市内観光のパンフレットやバスの時刻表などをたくさん仕入れてきてくださっていた。

それによると、戦災に会わなかった分、古い歴史的建造物が街のいたるところにあり、それをめぐるだけでも、たいへん楽しいのだそうだ。

Img_2861ということを聴いていたので、お昼休みに街の中心部である土手町近辺を散策した。ちょうどよさこい祭りの日に当たっていたらしく、市外からも観光客が押し寄せてきていた。

じつは準備運動で、朝の講義が始まる前に、弘前大学の構内にある「外国人教師館」を拝見させていただいていた。ちょっと部屋自体は狭かったが、しっかりした造りの瀟洒な家だった。

Photo_8 旧市立図書館は、遠望するに止まり、まずは昼食を。太宰も通ったという古い喫茶店「万茶ン」へ寄る。表通りによさこい連が来ていたので、みんな観客として出てしまっていて、店には客はひとりもおらず、ゆったりと食事ができた。喫茶店には学生がくるのか、と質問すると、旧市街には若い人は来ず、歳を召した女性客が中心だということであった。

Photo_9 ちょっとコーヒーがもの足りなかったので、土手通りを横切り、川を通り過ぎて、左にまがったところにある、こちらのほうが古いのではと思わせるような名曲喫茶「ひまわり」へはいる。ベートーベンのバイオリン協奏曲が耳に飛び込んできた。この一瞬で、この店が気に入ってしまった。

たぶん、3時間くらい本を読んでいても、大目にみてくれそうな余裕あるつくりで、滞留した文化のほこりが素晴らしい。ここは、学習センターの女性の方々の推薦であった。

Photo_11客の90%以上は、女性客であり、いつものように素晴らしい居心地の良いところには、女性しかいない、という法則性がここでも当てはまっている。ゆっくりと協奏曲の半分(全部聴いていると45分ぐらいあったと思うので、講義に間に合わなくなPhoto_12 ってしまう)を楽しみながら、今日の最後の一杯になってしまったのであるが、コクのある、以前は(あるいは今も)自家焙煎を行っていたと思われる味の、コーヒーを飲む。

Photo_13 帰りに、大学までの途中にあった「昇天教会」を外から眺めて、講義へ戻った。

2009/06/27

津軽じょんがら三味線のライブ

Photo 面接授業のために、青森の弘前へ来ている。街のみんなは、青森県の西半分を示す「津軽」という言葉を使っている。わたしのようなよそ者にはわからないが、コミュニティとしては、こちらに同一性があるのかもしれない。

太宰治や寺山修司などのイメージと、ねぶたや棟方志功と重なる部分があると思われる。弘前でありながら、やはり津軽というもっと広いものを必要としているような気がする。

Photo_2 土曜日の午前であることもあって、街中も何となく閑散としている。弘前大学構内のメーンストリートに面して、図書館の向かいにある放送大学の学習センター辺りは、なんと言ってよいかわからないが、たぶん無機的な言い方をすれば、人口密度が極めて希薄だ、ということになる。

決してマイナスのイメージではなく、かと言ってプラスのイメージでもなく、勉強するには最適の環境だ。

面接授業での学生の方がたの反応も、東北特有の奥ゆかしさと、内に秘めたものとがあって、面白い。講義は、順調に進んだ。青森という県でも、八戸などの東部と、ちょっと異なる西部の違いなどを、事務室の方がたから教えてもらう。

学習センター所長のA先生が面白いところへ連れて行ってくださるというので、興味津々。着いたところは、大学から数分の四辻にある居酒屋「あいや」なのだが、普通の居酒屋とは異なって、ライブ演奏を聞かせてくれるのだそうだ。着くと、すでに満員で、あとから来た人たちはみんな入るのを断られていたようだ。それほど、盛っている。

Photo_4最初に、駅近くにある「山唄」という三味線のライブハウスができ、そこで育った人たちが弘前市内でぞくぞくとこのようなライブの居酒屋を開いたのだそうだ。ライブといっても、この店の人たちが行うのだが、三味線と民謡を演奏し、舞踊も交えるのだ。

じつは、学生時代に津軽三味線の高橋竹山を描いた映画『竹山ひとり旅』(1977年)を、観たことがあるが、津軽三味線のライブは初めてであった。また、最近になってたくさんできてきたそうなのだが、このような三味線を聴かせ、酒を飲めるようなところがあるとはまったく知らなかった。もし興味があるなら、とA先生が顔を覗き込んだときに、一瞬の判断で、お願いしますと言ってよかったとつくづく思い、先生にはほんとうに感謝申し上げるしだいである。

まず、前座の方がたが(Jazzにも通ずるとA先生は形容なさっていたが)インプロビゼーションを行い、一気に聴く世界へ誘う。荒々しさと繊細さが交互にダイナミックに押し寄せ、「魂をゆさぶる」三味線の世界へ入っていった。

Photo_6初心者向けに、よさこい節やじょんがら節などを旧節と新節を比べてみたりできるように配慮されている。津軽の方がたは、普段は控えめな喋り方をして、シャイな雰囲気を持っているのだが、いざ表現するところに出ると、それまで抑えていたものが堰を切ったように一気に、過剰な爆発として出てくるようだ。

明日の授業でも、後半になって、学生の方がたが、このような情熱的な態度をあらわにして、質問をしてくるのだろうか。ちょっと想像を逞しくした。

2009/06/19

現代の「灰とダイヤモンド」

映画「ハゲタカ」を観た。NHKドラマのときには、忠実な視聴者ではなかったのだが、今回の劇場版はたいへん凝った作りになっていて、興味深かった。テレビのほうがちょうど現実的な事件が起こっていたので、臨場感はあったかもしれないが、筋としてはこちらのほうが深く考えさせるところがあり、現実を超越する視点もあって面白かった。リーマン・ショックも劇中で映画的にうまく利用していたと思う。

「お金」というものは、ホット・メディアであって、クール・メディアではない、ということがみんなの頭のなかを支配し始めたのはいつのころだろうか。ここで、お金に対して「ホット」になってしまってるというのは、儲けたいという感情が表に出てしまって、頭が暑くなっている、という意味だし、「クール」というのは冷静で、理性的に対処する、という意味だ。わたしたちは、このような意味に使っている。バブルのとき以来、たしかにこのとおりだった。

お金はいつのまにか、ホットな媒体になっていて、いくら得をした、いくら損をしたと言って日常を支配している。けれども、以前から思っていたのだが、お金は、貨幣は、むしろ「クール・メディア」なんじゃないか、ということだ。

この「クール・メディア」という言い方は、以前にも使ったように、情報論のマクルーハンの意味だ。ホットとは高密度の媒体で、クールとは低密度の媒体ということだ。ラジオは、視覚が利かない分だけ、テレビに比べて情報量が少ないため、クール・メディアなのだが、聴覚に限ったぶんだけ、参加者の感情移入が盛んに行われて、実際には「ホット」な感情を際立たせる。

わたしは、「貨幣はクール・メディアだ」と前から主張したかったのだが、映画「ハゲタカ」の表現はまさにその片鱗を見せてくれていて、よくぞ言ってくれたと思った。主人公Wは、ハゲタカであることに徹していて、決して経営者に転進しようとは考えないし、ハゲタカはハゲタカの仕事を全うすべきだという倫理観を持っている。この感覚は、これからの金融社会では、意外に必須な感覚だと考えている。クール・メディアであることを疎んじる事はできないのではないかと思う。

もちろん、みんながハゲタカになるような社会は、当然おかしいのだが、ハゲタカの生まれる必然性までも否定してしまうほど現実は寛容ではないと思われる。実社会と虚社会とがバランスを持たなければならない社会段階にきていることはたしかなのだ。

貨幣はメディアとして、「疎」だから、もっと想像力が発揮されるべきメディアであり、もっと人間をひきつけ参加させなければ成り立たないメディアなのだと思うのだが、この考えに賛成する者はいないだろうな。皮肉な事に、貨幣は問題が起きると、かえって人間を遠ざけてしまう。ふつうの時間には貨幣から遠ざかっていても良いから、むしろ問題が起こったときこそ、普通の人がこのメディアに想像力を吹き込んで、正常な状態を確保する事が求められるべきじゃないだろうか。そういうメディアだと思う。

これ以降、ネタバレも含んでいるので、映画をご覧になっていない方は読まないことをお勧めする。

今回、この映画の極めつけは、最後のほうの場面で、準主人公Rが札の散らばる泥道で、刺されて、札を掴みながら野垂れ死にする場面だとわたしは思う。これは、映画の系統でいえば、映画「灰とダイヤモンド」でチブルスキーの演じる主人公マーチェクの、洗濯物を掴みながら、やはり刺されて野垂れ死にする場面や、やはり映画「勝手にしやがれ」でジャン=ポール・ベルモンド演じる主人公ミシェルがパリの街頭で刺されて、身をくねらせて死ぬ場面などを踏まえている。

ばたんと倒れて死ぬのではなく、何かを真剣に希求し、その最後に果てなければならないのだ。半身姿勢を反転させながら、かなりの距離を何かを掴んで移動し、その果てに死ななければならない場面なのだ。ミシェルはパリの街が象徴するように手を伸ばしている先には「自由」があり、マーチェクの場合には洗濯物が象徴するようにふつうの「生活」があり、そして、「ハゲタカ」のRが希求するのは、「お金」なのだ。

でも、Rの場合、その先には金以外のものが求められていたという、ちょっとドラマとしては余計な落ちがついていた。でも、脚本家が「やった」と思った瞬間は良くわかる。ほんとうのところ、説明はいらなかったと思うくらいだ。

なぜハゲタカたるW氏が刺されるのでなく、ハゲタカになりきれなかったR氏が刺されることになったのか、この点がこの映画の「素敵な」ところだと思われる。ハードボイルドの伝統は健在だ。

わたしたち日本人は、今後もこのような金融危機を何度も潜り抜けなければならないだろう。そのたびに、目減りする資産に嘆くのでなく、むしろそこから、ハゲタカW氏のようなタフな教訓を学び取っていかなければならないだろう。授業料の高くつくことは仕方ないのだ。将来へ向けての精神的な蓄積の多くなることを望むのみだ。

2009/06/11

最終ロケ

Ucc_7 コーヒー取材ロケの最終日となった。

きょうは、昨日のコーヒーアカデミーの部屋をお借りして、講師のN氏と、ベテラン鑑定士で、UCCの幹部でもあるT氏にインタビューをお願いしてある。

Ucc_8 コーヒーの味、味覚とはなにか、という基本的なところをじっくりと話していただいた。コーヒーの味覚には、それぞれ細かい、苦さや甘さなどの味覚があるが、統合的に見れば、やはりコーヒー独自の味というものが存在し、それらが規格化されて共通の味が確定できる、というところが素晴らしかった。

Ucc_9 相対的で主観的な感覚が、なぜ絶対的で客観的な味として確定できるのか、という点が焦点であった。答えは、番組を見ていただくとして、このなかでT氏によるカップテイスティングは、見ごたえがあった。

Ucc_11 サイズの測り方、カップの上澄みのすすり方、点数評価の手際よさなど、うまく番組の時間に入ればよいな、と思うくらい興味深い。T氏は、ブラジルのコーヒー院の免許皆伝で、現在はコーヒー院は廃止されているので、もうこの資格を取る事は不可能なのだそうだ。

ひとつだけ、面白い事に気づいた。それは、鑑定表である。この形式は、組織によってすこしずつ違うのだが、これに書き込むときには、細分化されている判定基準にしたがう。疑問に思ったのは、訓練によって、コーヒーそれぞれの味覚は共通化し規格化されていることは認めたとしても、書き込まれるのは実際にはひとつひとつの味覚の評価だけでなく、後味などの統合化された味が基準として提示されているのだが、この統合的な味覚の判断基準まで、規格化することは可能なのだろうか、ということだった。

Photo_11 ロケを終えた後、お世話になった広報のI氏にお礼を述べて、ロケ班とも別れる。いったん、神戸の元町に出て、以前お休みで飲むことができなかった樽子屋珈琲店に寄るが、今回もすでに店が閉まっていて駄目だった。余程、巡り会わせが悪いらしい。そこで、以前にも寄った、「グリーン・コーヒー・ロースター」でメリケンブレンドを飲んで、神戸を去ることにする。

お土産は、コーヒー博物館で、今日から発売し始めたという、Bodum社のコーヒー豆メジャーだ。Ucc_12 大きなほうのメジャーが、10グラムで、裏返して小さなほうのメジャーが7グラムになっている。1杯ならば、10グラムで、追加して2杯目を入れるならば、追加分は7グラムということになる。ちょっと重いが、ステンレス製で、綺麗な流線型を描いている。

Photo_12 コーヒー豆のメジャーでは、先日伺ったK氏の経営するミ・カフェート社のメジャーがイタリアのガラス製で美しかったが、これは年間会員でないともらえないので、ちょっと手が届かない。

2009/06/10

香りの訓練

Ucc 以前、香りがメディアとなって人間社会を支配する映画「パヒューム」について触れたことがあった。そこから類推するに、香りに関しても、言葉と同様に、視覚や聴覚に訴えるのと同等の香り言語文法が形成されることがありうると考えるようになった。

きょうは、神戸にあるUCCコーヒーの本社にある「コーヒーアカデミー」のN氏を訪ねた。明日、取材に応じていただくので、1日まえに伺って、内容を詰めておくことが必要だった。

Ucc_3 そのなかで、クラシフィカドール(コーヒー鑑定士)の話が出て、米国の例が紹介された。その中で、「香りのキット」というのがあって、ワインの香りを判定する訓練に使うのだそうだ。これと同じ原理で、コーヒー用にも開発されたものがあるとのことで見せてもらった。

ポテト香り、土香り、レモン香りなど数十種類の小瓶が箱に詰められていて、序列つけられている。有名なコーヒーの香りとしては、ナッツやチョコレートがあるが、それ以上に、このキットは豊富な並びを見せている。味覚や嗅覚にも、豊富な言語Ucc_5 文法があり、それらを駆使して、鑑定士たちは日夜、コーヒーを評価していることになる。日常生活のなかには、まだ浸透していないが、もし言語のようにこれらの香りがもっと喋り始めたら、日常生活も豊かになり、香り言語、色彩言語入り乱れて、たいへんな事になるだろう。

N氏に別れをつげ、ディレクターのF氏と三宮の街へ出る。あいにく、雨が強く降っていたので、アーケード沿いの店に入る。さらに、以前から入りたかった、大丸の1階にある、エスプレッソの専門店で、今日最後のコーヒーを飲む。旧居留地の古い建物が雨に濡れて、光で輝いていた。

Ucc_6 因みに、上の香りのキット写真で、壜の影がないことにお気づきだろうか。これは、カメラマンがビデオ撮影するときに、専門の照明の人がセットして撮っていたものを、横から撮らせてもらったのだ。それは、この隣の写真のような、巧妙な反射板を使っている。

2009/06/09

「正しい」珈琲

Photo_8 今日は、南千住にあるカフェバッハのT氏へのインタビューを行った。ここは、1960年に起こった、山谷ドヤ街の焼き討ち事件のあった交番の並びにある。

いまでは、住民もすっかり高齢化しており、またドヤ街にも外国人向けの安いホテルが立ち並んでいて、ひところの姿はない。交番も、駐在員は警察署なみにいまでも多いが、署から交番への格下げがあったらしい、と教えられた。

Photo_9 取材というのは、不思議な作用を持っているので面白い。相手の方がどのような現実を抱えているのか、ということが主眼であるのだが、それで取材を申し込むと、打ち合わせのときには、その現実がまさに現れてくる。打ち合わせは、雑談であっても、歴史が凝縮されて現れて素晴らしいものになる。

それで数日後に、本番のインタビューが始まると、そこではすでに打ち合わせのときのことが織り込まれていて、歴史は繰り返さない、という原則のとおりに、もっと違う話へ移ってしまうことになる。

このことは、取材も現実だ、ということを表しているのだと思われる。わたしは聞き役として、2倍以上の話を聞くことができて仕合せである。けれども、テレビに定着できるのは、やはりそのほんの一部でしかないのだ。相手の方にも、聴取者の方にも、なんとなく申し訳ない気分にときどきなってしまう。

インタビューは順調に進んだ。なかでも、職人的な「正しさ」という言葉が印象的だった。AさんとBさんとは嗜好が異なるのだから、美味しさの感覚も異なるはずである。ところが、両者ともに「美味しい」という場合があるのである。T氏はこのことを追求したのだと思われる。

Photo_10 取材のなかで映像を撮りたいので、店のカウンターで話をしていて欲しい、とディレクターのF氏に求められた。すこし恥ずかしかったのだが、珈琲を飲ませていただけるという役得もあったので、カウンター内でコーヒーを淹れてくださった方と話をして過ごした。

そのときに、「美味しい、と思えるコーヒーを淹れたときは、どのようなときですか」という質問をしてみた。しばらく、考えていて、「急がないで、ゆったり」と淹れたときです、という答えが返ってきた。むむー、そうか。ドリップにお湯を注ぐ瞬間に、時間が止まったかのような動作を示すのは、それだったのか。

今日のコーヒーでは、バッハブレンドは相変わらず素敵だったが、パナマ産のゲイシャ種豆のコーヒーがあり、すこし違う味を楽しめた。上品で、やわらかなコーヒーという印象だった。すっかりお世話になってしまったが、T氏と奥さん、それからN氏に別れを告げ、家路を急いだ。

2009/06/04

「戻り」の感覚

Photo_5 伝説のコーヒー、カフェバッハを訪れる。ひとつの水準を提示し、一時代を画した味だ。苦味、甘味、酸味、コクなどすべてにわたって、怠ることなく、配慮されていて、二度目に来てもおそらく同じだという信頼感がある。この次に来ても、また同じ味に出会え、加えてさらに想像力をかきたててくれる事を予期させるコーヒーだ。

たぶん、現在の日本で、卓越という言葉が一番適切なコーヒーだと思われる。あまりに「卓越」という言葉を使いすぎると、嫌味に聞こえてしまうが、比較して優っているということを、現代の風潮ではあまり言うことは憚れるが、ときには使って復活させておきたい。

コーヒー1杯のなかに、凝縮されたものがあるのだと思う。

なぜカフェバッハは卓越したのか。それは、第一にスペシャルティ・コーヒーが世界的に流行ってきたこともあるが、第二に、テイストとして、苦味ということが市民権を得てきたこともあり、さらに、第三に、マイスター制に近いかたちで、独特のグループ制をとっており、安易なチェーン展開は行っていないことなどをあげることができる。

Photo_7 けれども、もっとも特徴のあるのは、コーヒーにひき付けて、独特の言葉を編み出してきている点だ。獅子文六の「可否道」ではないが、コーヒー哲学に近いものを感じさせる。たとえば、T氏の出版した『珈琲大全』なかで、「システム珈琲学」という言葉使いをしている。コーヒー豆の品種と、煎り方などが相関関係にあるとする考え方であり、きわめて説得的だ。

きょうは、インタビューの打ち合わせで伺ったのだが、最後にT氏の奥さんに、焙煎工場を案内していただいた。白い仕事着と、鉄紺色のエプロンがドイツ風の工房に似合って素敵だった。

Photo_6 焙煎をしていて、「よく焙けた」と思えるときは、どのようなときなのか、ということを質問してみた。そのときに「戻り」の感覚というようなことをおっしゃった。コーヒー豆は、焙煎すると、はじめは膨らんで後にハゼる。このときに、職人として特有の感覚があるらしい。ひとつは、膨らむことでの豊かな感じ。もうひとつは、最後に収縮して、戻る感じだということだ。

この最後の戻る感触に合わせて、豆の焼成を行うというのは、熟練の手を持つ人でないといえないことではないかと、思った。訊いて、良かったな、と思った瞬間であった。きょう最後のコーヒーは、当然バッハブレンドで、濃厚な1杯となった。

2009/06/03

藪のなかで迷ったこと

オリバー・ストーン監督映画『ブッシュ』が上映されて、話題にならないまますでに今週で銀幕から下ろされるそうだ。

この監督の『ウォール街』『JFK』をかつてみたことがあるが、きわめて真面目で率直な描き方で、切れが良い画面構成を保っていて、本格派の映像だった。これだけの緻密さを見せるのであれば、もうすこし深みということが在っても良いのではないか、と思ってしまうほど、見終わった印象は意外にも淡白なものだった。それは、この『ブッシュ』でも言えるのではないだろうか。

若い頃の放蕩は有名だが、全編を貫いて共通しているのは、この放蕩に象徴されていることだ。ひとつは父ブッシュ大統領との親子葛藤であり、もうひとつは個人的な執着である。

このふたつの軸はたいへん面白かった。アメリカの政治が、個人心理の葛藤から動かされていくという想定には、すこし無理があるものの興味深いものがある。放蕩生活の失敗や落選やさまざまな失敗がまったく生かされず、あるいは気にもされず、議員に当選し、知事にも選ばれ、さらに大統領に駆け上がっていく、という成功物語が語られるのは、ブッシュの場合には有り得たのかもしれないと思わせるものがある。おそらく、アメリカ個人主義の伝統なのかもしれない。

ブッシュは、父親から離れなければならなかったにもかかわらず、同じ道に入り、それを超えることがついにできなかった、ということなのだろう。もちろん、映画の核心は、なぜ大量破壊兵器の確認ができなかったにもかかわらず、大統領と側近たちの会議で、最終的にイラク攻撃が承認されたのか、という点だ。これは、見てのお楽しみ。

ブッシュが最も楽しげに写り、自分でも熱中していたのが、野球球団の経営であったというのが、ストーン監督の解釈だが、それはアメリカ国民の間だけのことに止めておいて欲しかったと思う。この映画の中で唯一迷う場面がある。それは、退任の記者会見で、就任中なにが失敗であり、その失敗から何を学んだか、という質問を受けたときだ。

2009/06/01

コーヒーの卓越

Photo_3 K氏が中米へ出張だというので、そのまえにインタビュー取材を行ってしまう事になった。月曜日の朝早くに、六本木のヒルズのそばにある、事務所を訪れる。

インタビューの終わりに、「コーヒーのどのようなところに、『卓越』を感ずるのか」という、ちょっと抽象的で難しい質問をわざとしてみた。立派なワインセラーのような、コーヒーセラーがあるので、高レベルの美味しいコーヒーについておっしゃるのかと思っていたが、その答えは、意外なものだった。

Photo_4それは、先日飲ませていただいたサン・セバスチャン農園の豆に出合ったときだったそうだ。エルサルバドルの国立コーヒー研究所在籍中に、農園を回って歩いたそうだが、そのとき、100年以上にもわたって、伝えられてきた農法で、最高と考える豆を作りつづけている姿に出合って感動したのだということである。

コーヒー農園は、ふつうはいわゆるモノカルチャーなので、豆相場の影響を極度に受けやすく、したがって製法も収益を求めるので相場に左右されるのが普通だ。これに対して、同じ姿勢で作りつづけることが大事だ、という農園は珍しいらしい。

味覚というものは、コーヒーに限らず、「おいしい」というだけで完結するのではなく、それを突き抜けて向こう側に、歴史や風土や習慣などの社会的想念を連想させる、ということだと思われる。コーヒーの味(テイスト)も、一日にして成らず、ということだと思う。

今日は収録の間、サン・セバスチャン農園のものと、特別にパナマ産のものもご馳走になった。コンシェルジェのかたが、見事なドリップさばきで、シュワーと膨れる淹れかたを披露してくださった。午後には、K氏は中米へ発っていった。わたしもK大で講義があるので、早々に六本木を後にした。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。