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2009/04/23

もう一枚の絵画

もう1枚のル・ナン兄弟の絵画「幸せな家族(洗礼からの帰宅)」が、もうひとつのルーブル展(国立新美術館)に来ていた。仕事がそろそろ終わりになる頃に、妻からメールが届いて、15時半に待ち合わせて、乃木坂駅口から入る。

紀元前の「書字板」や、楔形文字を書いた「粘土板」などはたいへん興味があってもうすこし詳しく見たいとは思ったが、あまりに出展物が多かったので、ほとんどはパスして、今回もルナンの絵にほぼ直行する。

西洋美術館の絵画と比べると、登場人数が6名なので、構成の複雑さはむこうより少ない。けれども、色調といい、構成といい、同じ系列に属する絵画だ。

横一列に並んだ人物たちの配置には、やはりいつもの三角形の構成が効いている。一つは、大人の世界で、前の絵と同じで、祖母と夫婦がセットになっている。二つには、やはり子どもが3人いて、その世界がある。三つには、人物ではないがモノの世界があり、ここでも真紅のワインと、洗礼を受けた産着を包む緑のビロード、そしてパンだろうか、茶色の塊が三角形を構成している。

ここで、なぜこんなに3つに固執するのだろうか、と考えたが、それは当然描く側の配分の問題ではないかという考えに行き着く。つまりは、それぞれのセットごとに、兄弟のひとりが担当していて、結果として3世界になったのではないかという仮説である。

おそらく、このような推理は、他の誰かも行なっているはずだから、文献に当たってみれば、どの人物が兄弟の誰が描いたのかは特定できるのではないだろうか。三兄弟だから、三角形で常に3セットの構図が選ばれている。

などというのは、かなり穿った解釈だ。たぶん、おおよその絵画制作の分業はそうであったのかもしれないが、むしろここで重要なのは、制作者側の3セットではなく、鑑賞者側の3セットだろう。

つまり、ひとりがひとつずつの世界を描いていった、ということは、それを見る他の兄弟がふたりずつ見る側として存在していたということだ。つまり、制作がひとりの天才によって行なわれたのではなく、鑑賞者が近くにいて、たえず制作に意見が盛り込まれながら、制作が行われた、という点でも画期的だと思われる。

ときは、師匠と弟子による、工房での制作時代を乗り越えて、近代のチーム制作の時代へと進んだと思われる。この制作の意図においても、構成上の転換が起こったのが、このル・ナン兄弟当たりからだと思われる。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。