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2009/03/10

神戸の取材

来年度のビデオ制作取材のために、京都と神戸を訪れている。論文の取材と違うのは、文献蒐集だけではなく、やはりビデオ制作では人と会わなければならないという点である。このためのスケジュール合わせがあって、このことが不得手なのだ。

うまくいかない場合と言うのは、だいたいこちらに原因があって、目的があいまいなままに取材申込を行うものだから、取材に応じていただく側としても、こちらの意図を測りかねているようなのだ。それでいつも、応じてくださる方にはたいへん迷惑をかけている。

けれども、その場になってみると、話しているうちにようやくこちらの意図が自分でもはっきりとしてきて、会う毎にいつもたいへん参考になって、会ってよかったなと思うのであるが、結局それは自分の想像力や構想力の足りなさを露呈することでもあり、恥じることになるのだ。自分の楽観主義にあきれる毎日である。

目的・ねらい・見方をはっきりさせてから、人と会え、というのは社会の常識なのだが、我がことながら非常識なので困ってしまう。

けれども、それ以上に得るものが多く、いわば取材の外部効果というものがあるのだ。取材そのものもさることながら、取材の周辺で得るものが間接的でありながらも、たいへん大きい。

今回は副産物として、喫茶店めぐりを行うことができた。神戸と京都の喫茶店事情についての雑誌「珈琲の本」(エルマガジン社発行)を読んで、そこに掲載されていた店を回ることで、コーヒーをめぐるパッションをなお一層得たという感じだ。

神戸元町駅を下りて、商店街へ下っていくと突き当たりに、緑の壁を基調とした喫茶店「エヴィアン」がある。酸味も残しているが同時に苦味もベースにしたブレンドを数十年にわたって出し続けているというので、たいへん期待して訪れた。ここ数年、日本人の珈琲趣味がすっかり東京御三家や、シアトル系コーヒーに押され、これが主流となったために、日本の喫茶店から酸味系のブレンドが駆逐されつつあった。酸味を極端に愛するわたしのような者にとっては、たいへん残念な日々が続いている。

けれども、エヴィアンのブレンドは、これを超えている。もちろん、最近の苦味系も活かしながら、あとに酸味が残るような複雑なコクのある味を実現している。この美味しさは、たぶん地元のコーヒーファンにとってはかなり「くせ」になる味だと思われる。ブレンドというのは、自然プラス・アルファの味だと考えており、ハヴィタスに属する状況が左右する。神戸には、それがあると強く感じた。

つまり、客層は必ずしもコーヒーファンだけに限られるのではなく、ふつうの常連客を集めていて、客回転のよさも抜群である。一杯引っ掛けて、また仕事に戻ろうとするさまざまな勤労層を集めている点で、これまでの喫茶店の中でも、上位に位置する店である。1杯300円を維持していて、この立地で、この値段。さらにこの美味しさがあるので、通常の外来チェーン店には決して負けないだろう。

2番目に回ったのは、JRの高架下に連なる商店街のずっと奥のほうに位置する「グリーンズ・コーヒー・ロースター」。ロースターという名前が示すように、店を入ると奥にどーんと焙煎機が置いてあって、工房の雰囲気をかもし出している。さらに客席も少なく、二階に数席あるだけだ。急な螺旋階段を上がって、ちょっと隠れ家的な雰囲気の店であって、長居できそうで落ち着く店だ。職人的な雰囲気のなかで、アートと技術の中間を狙っていることが表に現れている。

ブレンドは、たいへん標準的な味を実現していて、他の特色あるコーヒー種を頼めば、それなりに美味しいコーヒーが出てくることを予想させる「クリアな味」のコーヒーであった。「卓越」ということでは、標準をいかに工夫するのか、というであり、このことは意外にたいへんなことで、それを実現していることが卓越していることの証拠である。大きな窓からは通りが見えて、高架下にもかかわらず、電車の音さえ気にしなければたいへん居心地の良い美味しいコーヒー屋さんだった。

もう一軒というので、トア・ロードのタルコ屋もいってみたいが、今日がちょうど定休日で残念ながら、営業していなかった。そこで取材にいくまでの4時間あまりをエヴィアンの地下にあるジャズ喫茶「Jam Jam」で過ごすことにした。

学生時代に、新宿のジャズ喫茶を教えてくれたのは、同級生のIくんだったが、彼の行きつけの店が新宿歌舞伎町のコマ劇場向かいのビルの地下にあった喫茶店「木馬」であった。ここは天井が高くて、大広間があって、がんがんと大きな音響を響かせていて、素敵だった。

ここに似た雰囲気を持っているのが、この「Jam Jam」である。手元の照明を引き寄せて、400ページほどの本を1冊ちょうど読み終わることができた。音楽もピアノソロとトリオなどを中心として、選曲の流れが良かった。椅子もゆったりとしていて、ひじ付き椅子の位置が素晴らしかった。最後の曲は、前衛的な曲で、女性の声が楽器のようにスイングしていて、もうすでにこの店に居続けて3時間は越えていたのだが、それでももう1曲聞いてから出たいと思わせるものだった。

地下から出て、表通りの大丸百貨店の裏に回ると、そこにもテラス式のヨーロッパ風のカフェがあり、エスプレッソがおいしそうだった。ここは昨年のバリスタ優勝者などがいるのだそうだ。今日は外見だけを眺めて、通り過ぎ、その裏にある旧居留地38番を見学して、早々に取材地へ向かうことにする。

珈琲の味というのは、その土地の文化を吸い込んで育ってきていると思われる。この点で、神戸の珈琲文化というのは、このように多層的な構造を示していて、一日訪れたわたしでさえも、この構造の複雑に絡んだ味を楽しませてくれるだけの蓄積があるのだ。地域特有の「固有の味」とでもいうべきものを、それぞれの喫茶店が発達させている点で、日本のなかでも稀有な場所のひとつだと感嘆させられたしだいである。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。