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2009/03/11

街歩き

京都での取材は、文献収集だったので、それが終了した後には余裕が出来た。とはいえ、取材での材料探しは数多く行っておくと、あとで楽になるので、題材を探しての美術館めぐりと喫茶店めぐりを午後から行うことにする。

生活美という考え方については、哲学者のランガーなどをはじめとする芸術論者からは批判が出されているが、社会を問題にする場合に生活の美的性向については避けて通ることができない問題である。ちょうどアサヒビールの大山崎山荘美術館で、「濱田庄司の目」展を行っていたので、世界から濱田庄司が集めてきた民芸品をみることにする。焦点は、役に立ち、なおかつ洗練ということがいかに美的に表現されるか、という点である。

現在とは違って、超円安の時代にこれだけのものを収集できたという濱田の財力にも感心するが、それ以上に、使い込まれ、使用者の愛着がしみこんだ品々には、それなりの美しさが宿っている。それは近代が目指したような機能美でもないし、古代から続く様式美でもない。けれども、たどたどしさや、自然な不均等さ、さらには余裕ある弛みなどが、これらには顕著に見られる。たとえば、面取りした李朝の器には、ぴんと張ったまっすぐな直線の糸をちょっと弛めて、曲線を意識したような適度なスラックが観られる。このスラックは、生活に根ざした余裕の美だと思われる。

京都市内に戻って、昨日の喫茶店めぐりを再開したいと思うが、行きたいと思っていた「かもがわカフェ」と「エレファント・ファクトリー」はいずれも定休日だった。そこで、近くのスマート珈琲店へ回ってみるが、さすがに寺町にあるだけあって、満員でさらに3組が待っているとのこと。

仕方ないので、京都では街中でもっとも宣伝され配給されているように見える小川珈琲店(三条)へはいり、バリスタ大会で優勝したと宣伝されているエスプレッソをきゅっと飲む。これは、噂に違わず美味しかった。仕事の終わった後で、ちょっと一息つくというときには、カフェインが強く効いていて最適な1杯になりそうだった。

最近どうしても気になるのが、喫茶店の造りが女性、それも30代40代の働く女性にターゲットを絞っている感があることだ。店のなかに入ると、女性たちが会話を楽しむように作られている。1970年代に流行った、男性が一人で静かに本を読むというスタイルが忘却のかなたへ行ってしまい、そのような男性はあまり見られなくなった。昨日のJamJamのようなところでしか、生息できない品種となりつつある。

小川珈琲だけがとりわけそうであるというわけではないのだが、昔のあんみつ屋に似た造りになっている。単に、まめが大豆から珈琲豆に変わっただけなのかもしれない。その後、二条通を東から西まで歩く。学生たちが通うような喫茶店が、町屋を改造して、居心地のよい空間を作っている。今日、最後の1杯は、このような今風な店の大テーブルにて、大学生時代を思い出しながら。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。