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2009/02/15

潜在的な部分

昨日は、発表会の第1日目を終えたあと、海浜幕張のビルのなかにある居酒屋で、懇親会が開かれ、雑談を楽しんだ。

SさんやIさんたちとの雑談のなかで、どういう風の吹き回しなのか、ドン・キホーテの話になった。ドン・キホーテはここでも英雄で、なぜ正気の世界と狂気の世界とがあるのか、なぜ狂気の人のいう言葉にこれほどの説得力があるのか、など学生の方々との議論は尽きることがない。

明けて2日目は、今年度の方針が話しあわれ、学生の方々の自主的な活動が目白押しの状態であることが印象的だった。この2年間は、いわば助走期間であって、今後が本格的なサポーターの真価が問われる時期に入ってくるのだという緊張感ある発表が相次いだ。

考えてみれば、神奈川学習センターには全部で5000人を超える学生が在籍しているのだ。だから、いくらサポーターの方々が活動的であっても、これら潜在的な学生のすべてを代表しているとはいい難い。いずれは眠れる獅子たちが目覚めて、この活動へ積極的・消極的に影響を与えてくるだろうと思われる。そのときのことを想像しながら、今回の発表報告会を終了した。参加なさった18名の学生・卒業生、新旧の学習センター所長をはじめとする教職員6名の諸氏に感謝するしだいである。

数日後には、研究室の引越しが迫ってきているので、本部の研究室の荷物をすこし片付け始めるが、まず気持ちのほうの整理をつけなければならないと思った。一息ついた後、八王子で行われるM先生のお通夜へ出かける。

会場にすこし早めに入ることができたので、M先生の肖像写真を遠目の正面から拝見できるところに座ることができた。式が始まるまでの間、写真を拝見しながら、どのようなことを考えながら、仕事をなさっていたのかを想った。

わたしのように、移動ばかりしている人間にとっては、そこに行けば必ず会えて(そのような雰囲気を持っているということだが)、話を聞いてもらえるような方というのは、たいへん貴重な存在である。もちろん、理想的な定常型という人間などは現実にはこの世に居ないのだが、それでもそのようなイメージを持った方は得難い。

どっかと場所を占めていて、すべての話がそこに集まっていくような存在が、言葉を商売とする世界には必要で、M先生はそのような位置を確実に占めている存在だったと思う。わたしのような浮遊型の人間が増えれば増えるほど必要で、貴重な存在だった。

Yamada 研究の違いも、このような生活態度を反映していたのではないかとも思われるが、ご本人がどのように考えるかは、またあの世へ行ってから議論することにしたい。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。