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2009/02/04

最後の銚子グルメ

今回の連続集中講義で、4年間にわたるC大学での講師役も終了することになった。この大学が新設されて年次進行の4年間は、文部科学省に届けた科目が継続講義されなければならなかったのだ。

最後の銚子であるから、ご苦労様という気分である。そこで、これまで来て、美味しかったところ、まだ行ってなかったところ、この際まとめて毎日食べ歩こうということになった。

第1日目は、景色の良い「一山いけす」。もちろん、大広間には生簀があって、新鮮な魚が群がっていたのだが、窓のそとは太平洋で、自然の生簀というのも変だが、こちらのほうが見応えがある。ここは、放送大学の本部近くにある、いつもお世話になっているKビジネスの親戚筋に当たるらしい。そこで、銚子に滞在するならば、一度は行ってみたいといつも思っていて、これまで果たすことができずにいた。

まず、お造りを注文したが、新鮮さが格別である。銚子の市街からはすこし離れていたのでタクシーを使ったのだが、運転手が言うには、新鮮な魚というのは、「角が立っているんだよ」、なのだそうだ。その表現がぴったりの刺身だった。

こんなに広い部屋を満員にするほど、観光の季節には人が押し寄せるのであろう。けれども、きょうはほぼ貸し切り状態であって、ゆったりと味を楽しむことができた。

二日目は、銚子に来て、ポワレに目覚めたというフランス料理店「サバラン」を訪れた。以前にも食べたことがある、肉厚の「真鯛ポワレ」を注文した。銚子に来た初めのころは、ご主人が一人で切り盛りしていた。たぶん子どもがすこし大きくなって、奥さんが給仕をするようになり、料理に専念するようになったと思われる。夫婦でやっている田舎の小さな料理店という雰囲気を満喫して、最後のデザートの甘いタルトを味わって帰る。これだけ美味しく栄養をとれば、最後の講義にも力が入るというものだ。

さて、三日目は、心理学や臨床心理の先生方と思い出のある、明治期創業の鮨「大久保」。もちろん、にぎりは美味しいのだが、銚子名物の「伊達巻鮨」なるものをメニューで知ることになり、注文することにする。

見て楽しみ、味わって楽しみ、伊達巻の華やかさとでもいうべきものを楽しんだ。海沿いに伊達藩から、伝わったものだろうか。東京で食べる伊達巻は、ざらざらした食感だが、ここの伊達巻は滑らかで艶やか、かつ大きな感じだ。写真に撮ってこなかったのだが、皿への盛り付けも素晴らしい。上に乗っているのでもなく、間に挟まれているわけでもない。添えられているのだ。それは、鮨の概念を逸脱していると思われるのだが、これでも鮨というところに意味があると思われる。

最後に、東京へ何を持って帰ろうか、と考えたのだが、やはり銚子の魚と醤油で作られた、かつおの佃煮にすることに決めた。これにて、銚子の食べ尽くしも大団円を迎えることになった。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。