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2009/02/14

サポーターの発表報告会

14日から2日間かけて、サポーターの発表報告会が行われた。1年半まえに、特別の予算がついて神奈川学習センターの新しい試みとして発足して、実質的には昨年の1月19日の湘南国際村での総会で大方の参加者を求めることができた。

この昨年の合宿がうまくいったことで、昨年の活動がどんどん進んでいった気がする。最初にこのような合宿をして、サポーター全員の人たちの意見交換のできたことが、その後のコミュニケーションがつながる基礎になったような気がする。

サポーター制がなぜ企画されたのか、ということは、意外に知られていない。学生と放送大学があれば、双方のコミュニケーションはうまく行くだろう、と考えてしまう。ここに間違いが生ずる。とくに、放送大学の場合には、遠隔教育を行っているために、さらに双方の間に距離が生じし易い。この間を埋めるためにさまざまな方法があることは確かだが、もっとも効果的なのは、中間に双方を媒介する人を配置して、つねにコミュニケーション不足を補うことが必要である。つまり、サポーターの組織は、学生と放送大学を結ぶ、第三の組織なのだ。

サポーターというのは名目で、実質的にはサポーターを行うということは、コミュニケーション能力の琢磨ということなのだ。この点では、発表会を見ていると、ずいぶんとこの能力が互いに発達したように思える。それぞれの学習相談、学生調査、ウォーキング、バス研修旅行などの活動自体の成果も目覚ましいが、全体を考えた場合、もっとも素晴らしい成果はこのコミュニケーション能力の発達と、コミュニケーションの人脈などを成立できたことをあげることができるだろう。

質問のなかで、とくに議論になったのは、サポーターという組織のあり方だった。この組織はどう考えても中間的なので、学生の団体と考えてしまえば、サークルの一つとして考えても良いだろう。また、大学の学習センター側からみれば、大学の組織という位置づけでも違いはないだろう。サポーターを独自の組織として形成しておく必要は、いったいどこにあるのだろうか。この点が問題になった。実際、学生団体支援のサポーターメンバーは、新たにできたサークルの協議会とほぼ同じメンバーらしいのだ。

この問題は、たいへん興味深い。学生の方々が、サポートということをどのように考えているのか、ということに依存するだろうし、その問題の本質があるように思えた。神奈川学習センターでは、このようなことも学生側に考えてもらうことができるのだ。問題の面白さもさることながら、サポーターの方々の議論のやり方に成熟した話し方をみたような気がする。多くのサポーターの方々は、すでに自己紹介する必要がないほど、もう何年も活動を共にしてきているという経緯があって、この積み重ねが社会資本として、効いている。

「経験」という他の大学にはない、人的資源を放送大学は使うことができるということに気付いたことが、このサポーター制の最大の成果だったのではないかと、わたしは考えているし、このことにサポーターのひとりとして参加できたことに感謝したい。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。