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2008/12/04

夜の図書館

Library at Night(A.マングェル著)というたいへん魅力的な題名の本を、妻が借りてきていたので、横取りして読んでいる。なぜ夜と図書館とは、こんなに合うのだろうか。1週間に1日は、K大の図書館の書庫へ行くが、やはり昼行く書庫と夜行く書庫とには違いがある。その違いについてこの著者は、次のように書いている。

「だが、夜になると雰囲気は一変する。物音は遠くなり、頭のなかにあふれる思考が声高に語りだす。夜になって初めて、ミネルバの梟は飛ぶとヴァルター・ベンヤミンはヘーゲルの言葉を引用している。覚醒と眠りの中間地点に近づいたように思えるその瞬間、世界はふたたび居心地よく感じられる。体の動きはいつのまにかひそやかになり、秘密の活動に従事しているような気になる。幽霊か何かになったようだ。いまや本はその正体をあらわし、読者である私は、ちらりと姿を見せる活字の秘儀に誘われて1冊の特別な本に手を伸ばし、特定のページを開かずにいられない。夜になると、蔵書目録の定める秩序はもはや通用しない。影のなかではその威力も保たれないのだ。・・・日々の制約から自由になり、夜遅く、誰の目にも触れない時間になると、私の目と手は整然と並んだ本の列のあいだを気ままにたどり、混沌を取り戻す。1冊の本が思いがけない別の本を呼びさまし、文化の違いと時代の壁を越えて、つながりが生まれる。ある本の1節から、記憶の片隅に押しやられていた1節が浮かびあがるが、その連想がどこから来るのか、昼の光のもとでは説明できない。朝の書斎が見通しのきくまっとうな世界秩序をあらわすとしたら、夜の書斎はこの世界の本質ともいうべき、喜ばしい混乱をことほいでいるように思える。」『図書館』(A.マングェル著 野中邦子訳 白水社 2008年10月刊)

長く引用してしまったが、秩序と混沌とをかぎ分けるほど、本を読んだと自負できるわけではないが、片方の「混沌の状態」だったら、いやというほど知っている。だから、夜の図書館が好ましいと思えるのかもしれない。1冊の本が別の本を呼びさます感覚は、文章がペンの先に現れる瞬間と同じで、神が降臨する瞬間である。

「心のあり方としての図書館」の章では、「二度と近寄りません」とまで、哲学者カッシーラーに言わしめたヴァールブルク図書館に触れ、ヴァールブルクの魅力的な次の言葉を引用している。「・・・心霊の存在と魂の動きに目に見える形を与えるために・・・」つまり、図書館というのは、「時間のなかに存在し、ギリシアやアラブの過ぎ去った時代を呼び起こして、これらを見習うべき文化的模範にする一方、空間のなかにも存在し、散逸したものを、遠くのものを近くへ引き寄せた・・・見えないものを見えるようにし、世界を手中に収めさせた」のである。

「人の理解がおよばない、不可解と混沌のうちにありながらも首尾一貫した何か、また、私たちもその一部をなす何か―そのイメージのなかにこそ、人間とこの世界が作られているのではないかという問い。・・・」この先続く、言葉は到底引用では、伝えきることはできない。ぜひこの本を手にとって、読んでいただきたい。

『ドンキホーテ』の書斎の次に、G.エリオットの『ミドルマーチ』が出来てきて、ユイスマンスの『さかしま』の書斎に続き、エーコの『薔薇の名前』の僧院図書室、『海底二万里』ネモ船長の図書室、フィンランドのサンタクロース文庫などなど、図書館の脈絡を余すとこなく伝えている。

もちろん、アレキサンドリア図書館、アメリカ議会図書館、大英図書館など大図書館の話も満載だ。それぞれの図書館ごとに1冊以上の本が書かれているので、図書館好きならば、ロンドンへ行き、大英図書館のかつてマルクスが資本論を書いた席に座ってみたいとか、フーコーが知の考古学を書いた国立図書館へ入ってみたいと、ちらっとは考えることだろう。

ふつう、このような図書館案内書は、文章が無機的になりがちで、説明文になってしまうのだが、この本は読み物として成立している。その原因は、脈絡のつけ方なのだと思う。つまりは、多くの本を読んで、ほんとうに考えているということが現れているのだと思う。今度、わたしも教科書の1章で、「読書論」を書いたのだが、この本には到底およばない。煎じて飲みたい、とまで思ったしだいである。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。