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2008年11月に作成された投稿

2008/11/30

散歩日和

081130_130001 午後には、学習センターで仕事が待っているので、今日のように散歩日和の日は、午前中に出かけることが必要だ。

日曜日に官庁・ビジネス街へ出ると、いつもと異なる日常が動いていて、世界のもう半分を見る思いだ。まず、駅のプラットフォームには、ベンチで詰め将棋を解いている人がいる。けれども、日曜日なのだから、会所へいけば、仲間がたくさんいるだろう。なぜこんな寒いところで、孤独な作業に没頭していなければならないだろうか。東京駅のホームレスと比べると、余裕の大いなる差が感じられた。

081130_101101 このような散歩のときには、横浜馬車道の「サンマルクカフェ」へ寄ることにしている。前にも書いたことがあるが、かつてはここは独立系のコーヒー屋さんだったのだが、チェーン店に統合されてしまったのだ。

今日、いつもは2,3人で運営している喫茶店が、店長ひとりでやりくりしているらしい。忙しく立ち回っている。見ていると、人数の効果というのは恐ろしいところがあると思われた。店長にとっては、客の人数は少ないにもかかわらず、ウィークデイよりも今日のほうが忙しいのではないだろうか。

小さな仕事が積み重ねられて、通常の仕事は成り立っており、それで大きな仕事ができるのだが、それがどんとまたひとりの人のところに降っておりると、その人はパンクしてしまう。多機能工的状況は、個人の中で、今日極端に進んでしまっているのだ。

081130_093101_2 いつも座るところがあって、これまでにも写真を数枚載せている。けれども、いつもはにぎわっているので、こんなにしっかりと写真を撮る余裕はない。とくに、電球のところが濃い緑色なのだが、写真で撮ると白く光ってしまう。とくに、これまで近くで撮っていたために、緑色では到底撮ることはできなかった。今回、少しだけ雰囲気が出せたのではないかと思われる。

ここの日曜日の喫茶店には、官庁街だと思わせる光景もある。普段着に身なりを変えた勤め人たちが、本を片手に、午前中に1冊読んでしまおう、と勇んでやってくる。

「後期資本主義」では、女性労働が当てにされているのだが、それが日曜日の喫茶店に現れているような気がする。喫茶店の男性客は、いかにも休日だという感じで、くつろいで長居する様子なのだ。ところが、女性客は、出勤前のちょっとした軽食を済ませている。だから、ほんの10分もすれば、皆席を立っていく。

081130_101301 散歩で馬車道から伊勢佐木町をぶらり歩く。1本裏道に歩くと、タイ料理の店と韓国料理の店が集中的に軒を連ねている。いつ頃から、このような様子になったのだろうか。

シネマJack&Bettyで、「いのちの作法」を観る。緒方拳特集もやっていたのだが、時間が合わなかった。それで入ったのだが、予想外に良かった。ドキュメンタリーということだったので、もうすこしドライな映画を期待していたのだが、意外にウェットだった。

岩手県西和賀町(旧沢内村)の話だが、現在の日本全体に共通するテーマである。昭和30年代に、豪雪・貧困・多病多死の三重苦を乗り越え、全国に先駆けて老人医療費の無償化と乳児死亡率ゼロを達成した村なのだそうだ。その後の現代の後継者たちの物語だ。

印象に残ったのは、「死」について、言葉でとらえようという運動を展開していることだ。これは素晴らしいと思った。哲学や宗教をかじった人だけしか考えないと思っていたが、ふつうの人にも有効だとのことだ。リーダーがお寺さん関係だということもあるが、それを超える動きがあるように思えた。

それから、成る程と感心したのは、これからの村はみんな過疎になるという事態を抱えているのだが、どのようにしたらこのような状況から抜け出せるか、という点だ。この村の人は、子どもで1杯にする運動を展開するのだ。どのようにして、子ども1杯にできるのかは、映画を観てのお楽しみに残しておくとして、単純に考えて、子どもの数を多くすることが、村の再生になるんだ、という考え方はシンプルで、しかも本質を突いている。それにしても、沢内村にはまだまだソーシャル・キャピタルが十分残されているらしい。

さらに、古い村の習慣にだけ頼るのでなく、あらたな村の再生事業を次から次へ仕掛けていることが、この村の再生につながっているようだ。ソーシャル・キャピタルを絶えず新しいものに作り変える工夫がなされている。

081130_123201 それにしても、後継者たちはドキュメンタリーであるにもかかわらず、いずれも役者並の「演技」を見せていて、もうすこし感情をセイブしたほうが良かったのでは、と思われたところもすくなくない。けれども、観客の90%の人たちは、60歳以上であり、彼らにはかなり受けていた。最後には、拍手がかなりあった。

帰りに、黄金町バザールを覗いてみた。京浜急行の線路下にスタジオが作られ、若者たちが展示や店を出しているという新しい場所だ。かつては、この辺は犯罪の巣のようなところだったのだが、再開発でずいぶんとイメージが変わった。

081130_130702 これだけ散歩をしても、まだお昼なのだ。晩秋たけなわでも緑色濃いわが谷(写真参照)に戻って、学習センターへ出かけた。家のそばには、古くから営業している旅館があって、そこがご覧のような森を維持しているのだ。この森を見上げると、ほっとするのだ。

2008/11/28

美術館と喫茶店

良い美術館と美味しい喫茶店があれば、ほかに何もいらない。今回、千葉の街を見直した。

午前中に、T先生と予定通り、『市民と社会を生きるために』の第1回を収録した。あくまでイントロなので、軽やかに全体を紹介するというねらいだ。他の先生方の内容が充実しているので、それに「実践」というかなり重厚な題材なので、第1回目で興味関心を惹き立てるには、軽やかさということが重要だと思われた。

考えてみれば、T先生とは放送大学の開学当時からすでに四半世紀のお付き合いとなる。多くの番組を一緒に作ってきたが、ふたりだけの対話で番組を作ったことは、今回が初めてである。これまでにも、番組紹介番組などでアドリブのアイ・コンタクトによる制作は、かなり行ってきているし、さらに何を考えるのかだいたいわかるので、多少の逸脱があっても安心して、会話についていけるのだ。

081128soba_3 幸いにも、1回もNGはなく、時間もぴったりに終わった。アドリブの楽しさとスリルを同時に味わえて、これから癖になりそうだ、と話しながら、研究棟へ帰った。ちょうど『市民と社会を生きるために』の宣伝番組にもなっているので、ぜひ雰囲気を聴いてみてください。

081128tonya カンファレンス室へ戻り、千葉美術館へ行くことを話すと、Aさんが近くの蕎麦屋とコーヒー豆屋と、さらにケーキ屋さんを教えて、地図を持たせてくださった。蕎麦は、二八そばで、手打ちの感じと歯ごたえは十分で美味しかった。新そばということだったので、香りを期待したが、さすがにそこまでは高望みしすぎだった。

081128cup1 コーヒー豆屋さんは当たりだった。横浜に本拠のあるかなり有名な店で、一度は行って見たいと考えていた。千葉にも支店があったとは知らなかった。まず、店構えが良い。道に向かって開かれている。そして、店に入ると所狭しとばかりにコーヒー豆が山積みで、この溢れるばかりのコーヒー狂い振りがたいへん好ましい。

ブレンドが美味しくて、安い。写真にあるように、たっぷりとしたコーヒーカップがさらに良い。絶えずよりやすく豆を仕入れている様子が伺える。つねに、これだけの豆を確保するのは、たいへんなことで、仕入れ担当はいつもインターネットでコーヒー豆の商品市場情報を探っているに違いない。

081128muse さて、お目当ての千葉市立美術館では、『国立美術館所蔵による20世紀の写真』展が開催されている。京都の近代美術館所蔵のものが中心だそうだ。わたしのような初心者には、格好の展覧会で、これまでバラバラに見てきた写真群がみごとに整理されて、どのような流れがあったのかが一覧のもとに明らかにされている。

欧米の写真ばかりでなく、日本の写真作家もそれらの系譜のどこに位置されているのかがわかる。たぶん、脈絡のつけ方が素晴らしいのだと思われる。なかでも注目したのは、「真偽」を題材にした作品群だ。

ひとつは、「木漏れ日」というトーマス・デマンドの作品で、枝葉越しに陽の光を28枚にわたって写したものだ。よく見ると、枝葉は造花で、太陽もスタジオの電球なのだ。けれども、決して偽物だとは思えない、素晴らしい出来だ。

もうひとつは、「インダストリアル・ファサード」と題された、建物の正面だけを15枚撮って構成された作品群である。なんとなく形や窓の位置が同じで似ているのだが、細部を比較してみると、まったく異なるモノたちが集められている。このような「家族的類似」の提示がありうるのかと感心した。

いずれにしても、現実的な否かという絵画特有の鑑賞法は取れない。だから、真実か否かという鑑賞法を導入しなければならなかったのだろう。

081128blue 今日最後のコーヒーは、美術館の裏道をすこし行ったところの右側にあるケーキ屋さんで、リンゴのタルトを食べながら。千葉駅へ出る帰り道、放送大学の学生のかたに話しかけられた。「頑張ってください」とおっしゃっていた。今日収録をしたことはご存じないのに、不思議な符合を感じたしだいである。「自宅がキャンパス」という放送大学の標語を改めて、「社会がキャンパス」としたいところだ。

2008/11/27

乃木坂のピカソ展

きのう、『市民と社会を生きるために』の収録が2本あり、そして明日にもT先生との掛け合いで、1本録ることになっている。このように狭間にある1日は、ほんとうに所在ないので、何事も手に付かない。とくに、まとまったことはできない。

そこで日中の仕事は早々に切り上げて、乃木坂にある美術館へ、懸案のピカソ展を見に行く。これまでも、何度となくピカソの絵を見てきたが、やはりいつも量が多いので、なんとなく気ぜわしいときには、あとへあとへとなってしまう。

http://www.asahi.com/picasso/

1970年代末にピカソの版画展が来たときには、それこそ半日掛かっても、まだまだこれでもかと展示がしてあって、見終わってようやく友人と顔を見合わせ、やったな、という感想を持ったくらいである。今回も、パリのピカソ美術館のものが総出で押し寄せてきたという触れ込みなので、こころの準備をして、十分な時間をとったしだいである。

展示場の終わりころになって、「やあ」と寄ってきたのは、先日一緒にお酒を飲んだ哲学のS先生である。ヘーゲルから絵画論まで守備範囲の広い先生で、尊敬している。横からボーダーシャツの息子さんが出てきて、挨拶した。中学生のかれと気が合うのだ、と先日話されていたのを思い出した。どうだったと息子さんに聞くと、「変な顔だよ」と、ちょうどそのコーナーにある絵の感想を率直に述べていた。たしかに、キュビズム的な顔は、そうだろう。

S先生との立ち話で、キュビズム時代の絵について、層化がわかり面白かったと述べると、立体のがよかったね、と打てば響く答えが返ってきた。展覧会を観て、最後にこのような共感の言葉が聴けるかどうかで、その日の収穫が違ってくる。別れてから、ひょいっと振り返ると、身体をぐっと斜めにして絵を楽しんでいるS先生の姿が見えた。

最近は、展示目録を必ず配布するので、観終わってからもう一度ざっと回りながら印をつけていくと、全部で20余りの作品に○が付いた。通常の展覧会だと、3つくらいが平均なのに。それで、今日の最高の1枚はなにか、などは到底挙げることはできないが、あえて言うならば、連作ものが良かったと思う。

「ギター」と題されたキュビズム時代の連作があって、今回はコラージュ風の絵画5枚が連作に見えた。バラバラに展示されていたので、ピカソ自身が連作という認識をしていたかどうかは不明だが、外部のものから観れば明らかに共通のモチーフがそこには存在している。

スタートは、「バイオリンと楽譜」(1912)という作品で、ギターではなかったのだが、ここで、バイオリンのイラストに、現物の楽譜が貼り付けられている。次に、「ギター」(1913春)では、楽器の本体部分とネックの部分が切り離され、その上に楽譜らしきものが真っ白い四角として、描かれている。さらに、もうひとつの「ギター」(1913春)ではさらに抽象化が進んで、本体とネック部分、さらに楽譜部分とがずらせながらも、層化され全体が結びつけられ、全体の統合が行われているのだ。これらの分断化された部分は、最後の「ギターとバスの瓶」(1913春から秋)では立体的な木片コラージュで総合されている。

この過程では、デフォルメは数限りなく行われているのだが、加えて、色の反転、左右の入れ替え、部分への解体などの分析的キュビズム(解説書を読んでないので、正確な表現なのかわからないが)が行われていて、精力的なピカソらしい表現が随所に現れている。そして、それらの層化(レイヤー)のバランスが興味深いのだ。

S先生は、すでに数回来ているそうだが、「質の高いピカソが来ている」という表現を使っていらっしゃった。見逃したら、こんなにまとまったものはもう金輪際観られない、というくらい満足する展覧会だった。キュビズムとは、こんなに簡単なことだったのか、ということがわかるのだ。

2008/11/22

ウォーキング当日

いよいよウォーキング当日となった。これまで、計画を立ててから実施まで、約10ヶ月かかったことになる。その間、Fさんをリーダーとして、Tさんとわたしがサポーターとして参加し、Kさんやほかのサポーターリーダー、地域ボランティアのリーダーの方がたが途中から加わっていただき、さらに横浜国大のM先生や、学習センターの事務の方々総勢20名ほどで今回のウォーキング会を支えた。ポスター制作では、Hさんに特別にお世話になった。

これまで、研究プロジェクトを運営し、最後の報告まで持っていった経験はいくつかあるが、このようなイベントのマネジメントは、初めての経験だった。何が異なるかといえば、実践論的にいうならば、「体育系」なのかそうではないかが異なる。頭で考えることは、両方ともに必要なのは当然だが、口より先に行動が行われるか、それとも行動の後先での口先が重視されるのかの違いがある。

ウォーキングでは、口より先に行動なのだ。それは、前述のM先生の説によれば、「ハラハラ、ドキドキ」が運動では必要である、ということらしい。心拍に代表して現れるような、身体運動の起伏が健康に効くし生きていく行動原理でもあるのだ。つまりは、ウォーキングでは、行動して(歩いて)みないことには始まらない。

日ごろの怠け癖で、前日までデスクワークが溜まっており、寝不足がウォーキングには良くないことを知りつつも、昨日も遅くなってしまった。けれども、朝には頭が切り替わっていたらしく、目覚まし時計のセット時間の30分前には、目が明いてしまった。妻がウォーキングには「お結び」だというので、桃太郎の「腰の黍団子」のイメージで持って出かける。

Fさんのスライドによる訪問箇所の確認と、M先生の的確なウォーキング指導とストレッチ体操とで、準備万端である。ストレッチだけでも、十分日ごろ自分の身体といかに対話が行われていなかったのかがわかった。伸ばした筋肉の箇所が、書いている今でも痛い。

昼食後、1班から8班に分かれて、班毎に記念撮影し、それぞれ数分遅れでずらせて出発だ。今回、Fさんが用意してくださったリーダーがしゃべる資料は、A3版4枚たっぷりあり、それ以外にも、リーダーの方々はそれぞれ自分の持ち味を活かしたおしゃべりをしていたらしい。これは、あとでセンター所長のH先生から聞いたのだが。

A4で4枚という量は、90分講義の情報量を優に超えている。だから、にわか勉強の化けの皮がはがれないように、なるべくアンチョコは見ないように説明をしたつもりだが、途中Oさんたちが鋭い質問や参考意見を述べるので、再三ピンチが訪れる。もっとも、講義と異なる点は、自由に解釈してよいというところであるから、気が楽だ。わたしの受け持った第1班には、大学院生やイタリアの留学生も加わっていて、多彩な雰囲気があり、その点でも楽しかった。

ウォーキングの楽しみは、雑談をゆっくりしながら、ロードムービーのごとくに移動し場面が変化していくところにある。留学生のLさんへ、イタリアの南北問題(なぜ南と北で生産性が異なるのか)についてたずねてみたり、大学院生のMさんへ博士論文について質問したり、さらにTさんへは面接授業の感想を求めたり、Sさんへは今日の感想を伺ったり、1年分の雑談をいっぺんに行ったような気分だ。

先日の下見で述べたような、「アスファルトを1枚はがす」という意義も今回さらに磨きをかけたようだ。たとえば、掘割川のところでは、Fさんが新たなスライドを見せてくれたお陰で、「弘明寺・蒔田」に続く丘陵がここの切り通しで断ち切られ、この川が作られ運河となり、その反対側の「山手」へ続く丘陵が連なっているのが、注意してみると見事にわかる。「横浜の近代」の隠れていたことが、目の前に急に現れてくるのを感じた。

1班から8班まで、病気も事故もなく、順調に解散地である伊勢佐木長者町へ着いた。班毎に完歩した記念の撮影をして、アンケートへの書き込みと交換に、小さな記念品を渡して解散。写真についてはH先生、Sさん、Hさんがたくさん撮って、学習センターへ届けてくださることになっている。いずれ整理して、配布をいたしたい。また、ウォーキングのHPにも、差しさわりのないものを載せたいと考えている。

懇親会と二次会を、クリスマス気分の伊勢佐木町で行ったが、ここでこんなに美食してしまっては、ウォーキングの趣旨に反するのでは、とも思ったが、ウォーキングのもうひとつの目的は、Social Capitalの醸成でもあるので、致し方ないところだ。帰り道、今日のまとめを書くために、野毛の「ダウンビート」で、ワインを1杯(ちょうどBNがサービスされていた)と、今日最後のブレンドコーヒーを飲んで家路に着く。

2008/11/20

CEOの自家用ジェット

景気後退が本格化してきた。今日は、ロサンゼルスで開催されているモーターショーがニュースになっていた。注目されたのは、GM、フォード、クライスラーのビッグ3の動向だった。

時期が時期だけに、いつもの賑わいがまったく無く、新車発表もなく、さらにCEOによる記者発表すらも行われなかった、と報じられていた。それは、自動車業界全体が景気の影響をまともにかぶってしまい、ビッグ3すらも、資金繰りが悪化して、このままでは12月まで業界が持たないなどとまで言われている。

それで、ワシントンでは、ビッグ3へ公的資金を投入するために、議会の公聴会が開かれ、各社のCEOが雁首を揃えていたのだ。

ここで興味深い議論が起こったのだ。この辺に関しては、米国人は頑固なのだ。この公聴会へ各CEOが自家用ジェット機で来たのだが、このことに公聴会の委員が噛み付いたのだ。国民の税金を貰いに来る「貧しい企業」が、自家用ジェット機でくるとはけしからん、ということらしい。

この点については、昔から二つの説がある。一つは「景気が悪いときには節約しなさい」説。もう一つは、「景気の悪いときには浪費しなさい」説である。

前者は、国民の感情を代表するもので、日ごろの妬みが表出したといえるし、企業にとっても、節約してくれれば喜ぶところだ。けれども、国民全体にとってはどうだろうか。金持ちが浪費してくれれば、その乗数効果がはたらいて、景気を下支えすることになる。マンデヴィルが言ったように、金持ちが浪費しないと暮らしていけない人がでるのである。もちろん、これは中世から近世の話で、現代においては、景気の悪いときに限られるが。

つまり、「自家用ジェット機」というのが、確信犯的な浪費ではないところに問題があるだろう。もっときちんとした「浪費」を行えばよかったのだと思われる。たとえば、ジェット機から自分の稼いだ札束を撒けば、これはかなりの効果があったと思われる。CEOだから、かなり高額の給料だろうから。さらに、慈善事業に寄付したり、失業対策に「浪費」分をつぎ込むならば、議会も喜んで公的資金を注入することだろう。

やはり、自家用ジェットには、低所得者の妬みが象徴されて出てしまったような気がする。金持ちの浪費は抑制すべきではないと思われる。どこかの国の「定額給付金」よりは、金持ちの浪費のほうが圧倒的に効果があると、わたしには思えるが、現代において、それほど太っ腹の金持ちが存在するだろうか。自家用ジェット機くらいでは、現代の紀伊国屋文左衛門にはなれないだろう。

2008/11/18

どですかでん

『横浜の文士たち』という本を妻が図書館から借りてきた。中島敦や大仏次郎は横浜に住んで活躍したことは有名であるが、このなかで島尾敏雄が横浜出身であることを知った。

横浜でも、この弘明寺の街で生まれ、どうやら弘明寺と鎌倉街道にはさまれた地域で育ったらしい。丘の上には、横浜尋常小学校があったらしく、そこに通ったとのことだ。まだ読んでいないのだが、『幼年記』という彼の本にそのことが描かれているそうだ。こんど、借りてきて読みたいと思う。

島尾敏雄の作品をたくさん読んだわけではないが、やはり南の島での妻との生活というイメージがあって、横浜のこんなにごちゃごちゃしたところで生活していたとはとうてい思えないのだ。先日も書いたように、弘明寺は市電の終着駅のひとつで、当時は現在よりも栄えていたと思われる。

市電といえば、先週NHKのBSでの黒澤明特集で、映画「どですかでん」が上映されていた。この作品は、山本周五郎の「季節のない街」が原作であることはよく知られていて、この街も横浜の南区の一角をモデルとしたらしいということになっている。(泉谷しげるの「季節のない街」も名曲だと思うが、山周のハードボイルドで現実感あるファンタジーも好きだ。)ふらっとあるいていると、こんな街に迷い込むこともあるかもしれない。「どですかでん」と市電が走ってきたとしても、この辺ではなんの不思議もなかった筈だ。

この映画を観るのは何回目なのかわからないほどなのだが、それぞれオムニバス風のひとつひとつの結末は、そのプロセスが強烈だけに、観終わるといつも忘れてしまう。だから、何回見ても飽きないのだろうか。

今回観ていて、それぞれのエピソードの結末はかなりハードだな、と初めて感じた。これまでわたしが鈍感だったということだ。たとえば、家を建てる夢ばかり観ていて、息子に残飯もらいをさせている親子の話だ。最後に、食中りでその息子を死なせてしまうのだが、埋葬の場面で思わぬ逆転をやってのける。

この結末には、賛否両論があるだろうが、山周のハードなファンタジーが結実していることは確かだし、さらには、真面目で真剣な取り組みを行っているかと思えば、突如として、通過してしまうという横浜的な要素がぷんぷんとしてくるような気もする。

親密さが解体されるのが、このオムニバスの共通のテーマだと思っていたが、けっしてそうではなかった。伴淳演ずる公務員や、南伸介演ずる靴屋などでは、崩壊して当然の親密関係が、決して崩れないというところが描かれてる。黒澤明の人生の最不調期に、この映画は作られたらしいのだが、その悩みがこの素晴らしい映画を作っても晴れなかったのだろうか。

2008/11/14

プローブの誤解

メディア論のマクルーハンが好きであったと思われる言葉に、「プローブ(probe)」がある。探索するという意味に使われている。

081025_105301_3 身近な言葉なら、exploreがあり、もともと狩猟の叫び声という意味だったので、こちらのほうが含蓄があり、マクルーハン好みのように感ずるのであるが、なぜ彼がプローブを使ったのか、不思議に思っていた。

先日来、通っている歯医者さんで、プローブについて聴いた話をここに書いたが、その後プローブを実際に見せてくださって、写真も撮らせてもらったのだ。

それでわかったのだが、「目に見えない歯肉の中に、ぶすっと刺して、どのくらい膿んでいるのかがわかる」などとわかったふうのことを、書いてしまったのだが、実際はこの表現とはかなり違っていた。

081025_105302_2 歯医者の先生と、アシスタントの女性の方が懇切丁寧に教えてくださったのだ。プローブの使い方を聴くと、歯肉に刺すのではなく、歯と歯肉の間に潜ませて、どのくらいの隙間が空いているのか、を計測するスケールであることがわかったのだ。

マクルーハンが気に入った理由は、ここにあると思われる。つまり、歯と歯肉の中間で、このプローブははたらくのだ。中間にあって、計測する道具として、プローブは使われる。歯と歯肉の間であり、医者と患者の間であるところで、感覚を計測して表示するメディアとしてプローブは作用するのである。

写真では、かすかに針の先に目盛りが入っているのがわかる。おそらく、マクルーハンもこの話を歯医者から聞いた(のではないか、と思われる)ときには、膝を打って、なるほどと思ったに違いない。

ちょっと宣伝になるが、来年度4月から放送になる『市民と社会を生きるために』というラジオ番組で、この話を使わせていただいた。

最近、K珈琲から焙煎豆を購入しているのだが、いつもは標準的で、確かな味のブレンドだったが、今回ばかりは渋みがかなり出てくる。ブレンドのなかに、あまり蒸すと良くない作用を及ぼす豆が入っているらしい。今日のコーヒーは、ポットに入れて、学習センターで2杯、3杯と飲んだ。渋みも最初だけで、途中から味がすっかり変わって、コクのある味を示すようになった。この味なら、楽しめる。寒さが身体に凍みる季節には、やはりコーヒーが良いのだ。

2008/11/08

風邪の季節

何年かに1回、風邪の当たり年がある。今年はどうやらその年のようだ。

ここ数日、腰が痛かったり顔がぴくぴくしたりしていたが、いよいよ昨日当たりから本格的に表に出てきた。妻からは、病は気から、と言われていて、大袈裟ね、と一笑に付されてしまったが、幕張の先生方やカンファレンス室の状況をみても、早い時期から風邪を召す方々が多く、当たり年だという直感は、当たっているような気がする。

風邪については、あまり悪いイメージはない。気持ちが悪くなったり頭痛の出たりするような風邪は駄目だが、熱の出る風邪は気にならない。中学校入試のときに、熱がかなり出た。それで、まわりがぼんやりしたお陰で、試験に集中できた、という思い出がある。

今回の風邪は微熱の出るタイプで、この風邪特有の、離人症にでもなったみたいに、周りが遠のいてみえる。その分だけ、いつもより集中してモノが見えるのかもしれない。それに熱が出ている分だけ、身体が動き脳の働きも良くなるのかもしれない。

今日は大学院ゼミナールが東京文京学習センターである。M2の方々は修士論文作成に集中しているので、Oさんだけ出席で、最初に修士論文の検討が終わると、すぐに家に戻って執筆に取り掛かりたいと、早めに帰っていった。

ほぼゼミは、M1中心に移りつつある。4月から始まって、目ぼしい文献は収集し、報告も一段落した。そろそろ次のステップに踏み出そうというところに差し掛かっている。飛躍の季節というのは、論文作成ではかなり重要な時期なので、じっくり考えて、大幅な飛躍を遂げていただきたい。

いつもは電話でゼミを行っている三重県のMさんも、久しぶりにゼミナールに参加してきた。6時間かかって、車で来たそうだ。とくに歓迎というわけでもないが、茗荷谷駅前で洋菓子屋さんの経営している喫茶店「レ・フィーユ」にて、みんなでケーキセットを食べる。議論した後の甘いものは、特別に美味しい。

今日は、ガトウショコラと水出しコーヒーを頼んだ。

http://www.lesfeuilles.com/modules/myalbum/photo.php?lid=23

ここのコーヒーは、ポットで出してくれて、そのポットに帽子がかぶさっているので、長居しておしゃべりを楽しむにはたいへん良いのだ。女性好みの装飾で満ちているので、ちょっと中年・老年の男性が入るのには違和感があるが、多勢で入ってしまえば大丈夫だ。

写真では、ケーキの中身はわからないかもしれないが、チョコレートがスポンジにこってりと染み込んでいて、重厚な味なのだ。コーヒーがたっぷり2杯飲めるので、このようなケーキがちょうど良い。帰りに、東京駅の丸善で、何冊か物色して家路につく。

2008/11/05

ピグマリオン効果

世の中が「ピグマリオン」だらけになってきている。この言葉を知ったのは、O.ヘップバーンの『マイ・フェア・レディ』で、のちにバーナード・ショーの戯曲としても有名であることも知った。

キプロス王のピグマリオンが、自分で造った石像に恋する。それを観た神がピグマリオンを哀れんで石像を人間にし、両者は結婚する、というギリシア神話に基づいたエピソードなのだが、拡大解釈されて、いろんなところに使われている。

教育心理で使われたのが、ピグマリオン効果で「教師」が良い期待を「学生」に持つと、学生の学習効果が上がる、という効果(効果がほんとうにあるかどうかはわからないが)として利用されている。

映画「イーグル・アイ」は、石像がコンピュータに変えられていて、このコンピュータ「マリア」が人間の意思に反抗する物語だ。じつは、ピグマリオン伝説では、いかに育てられるのが面白く重要であると思われるが、それは省略されているので、ピグマリオン神話の現代版というにはちょっと物足りない。

バーナード・ショーの戯曲では、英語教師のヒギンズと結婚したという結末と、美青年フレディと結婚したという結末と両方が用意されたといわれているが、両方とも神話の伝統に沿っていると思われる。

人間の社会を自己完結型と観るのか、それとも、発展型と観るのかによって、ピグマリオン効果は違ってくると思われる。すくなくとも、映画「イーグル・アイ」では、自己完結を目指そうとした女コンピュータが最後は破滅してしまうという、きわめて論理的なつくりになっている。脚本は素晴らしいと思う。

もうすこしこのピグマリオン伝説を理解したうえで、映画つくりを行って欲しかった。人間がコンピュータに支配されるかされないか、という紋切り型の造り方は、ナンセンスだ。

2008/11/01

アスファルトを1枚めくると

Walkingposter 昔、「はっぴいえんど」というバンドがあって、「風をあつめて」という曲についていたナレーションだったと思うが、「アスファルトを1枚めくる」という表現が使われていた。これで街のイメージがまるで違って見えるようになって、印象深かった。

きょうは午前中に、神奈川学習センターでお願いしている面接授業のために、海岸通にある「開港資料館」へ打ち合わせに行き、ペリーの「玉楠の木」や英国公使館の執事室などを拝見して、すっかり気分は、「アスファルトの下」にひそんだ気持ちになって、興奮状態になっていた。

早々に、神奈川学習センターへ引き返して、11月22日(土)に迫ってきた「水路を歩く、南区150人ウォーキング」(上に掲げたポスター参照)の下見に出かけた。リーダーのFさんをはじめとして、Iさん、Hさん、Nさん、Tさん、Sさん、総勢14名ほどで、12時に出発した。

秋の澄んだ空がまぶしく、紅葉も最盛期で、またとないウォーキング日よりだ。本番にとっておきたいくらいだった。このウォーキングはまさに「アスファルトめくり」であって、知られざる名所旧跡が盛りだくさんである。

Toiret_2日ごろ見慣れた建物や風景などについて、なぜそこにあるのか、考え始めると時間を超越した不思議な気分になってくる。街全体が異次元のところへ浮き上がってしまい、別のレイヤーに乗った街が立ち上がるのを観るかのようだ。

なにはともあれ、神奈川学習センターがある弘明寺の街からスタートだ。寺に行くまでの間にも、じつは鎌倉街道に出てすぐのところなのだが、家に埋もれた公衆トイレがあって別の世界があるのではと思っていた。公園があるわけでもないのに、なぜ人家の間に突然公衆トイレが出現するのか、不思議だった。Fさんが調べたところでは、弘明寺に路面電車が走っていた頃の名残で、終点近くにこの公衆トイレが設置されたのだということだ。なるほど。

Gumyouji_3 弘明寺観音は、坂東札所33箇所めぐりのコースに入っていて、鎌倉時代から変わらずに、観音信仰を支えていて、時代を反映している。周辺は激変したのだが、寺自体は意外に変わっていない。「江戸名所図会」などにも載っているので、それを観ても、当時の道筋はそのまま残されていて、たいへん興味深い。

Enma_2 ここで、クイズです。弘明寺が誇る重要文化財の観音様は、「○○面観音像」である。○○に数字を入れてください。(この写真が観音様に見えた方は問題です。これは、閻魔大王です。)

弘明寺のとなり駅にある、井土ヶ谷も、風雲急を告げる幕末の事件が起こったところである。生麦事件と同様、外国人が襲われた。フランス士官殺傷事件が、井土ヶ谷で起こったのだ。生麦事件と違って、こちらの犯人は捕まらなかったらしい。そこで、国際問題に発展し、軍隊が横浜に駐留する口実に使われてしまった。

Suidoubashi でも、なぜ当時田舎だった井土ヶ谷へ、フランス士官がやってきたのだろうか。そしてまた、なぜ犯人とされる浪人体とした人物がたまたまここにいたのだろうか。当時、こんな田舎で、外国人と攘夷派の浪人が居合わせるというのは、ほんとうに考えにくい、と空想は広がっていく。

ここで、クイズ2です。江戸時代から治水・埋め立てが行われた「吉田新田」の最先端にある境界線では、何川と何川が分岐していますか。この2つの川の名前は、何ですか。今回のウォーキングのテーマのひとつです。

Urafune 現在の横浜の中核は、「吉田新田」に築かれているが、なぜこの広大な埋め立てが人為的に行われたのか、ということも、現在になって考えてみると、たいへん興味深い。ほとんどが、民間主導で行われたことも、不思議な気がする。(写真のオレンジ色の橋は、ピンで鉄が結合された鉄橋では、日本最古のものだという。そういえば、英国で18世紀に造られ始めた鉄橋は、ピン結合だったな。)

Sekken 先日の二宮尊徳もそうなのだが、自ら進んで公共の福祉に貢献しようとする意欲がたいへん高い人たちが、幕末に出たことが、日本の近代を前へ進めたことは間違いない。横浜の近代は、そのあと回った水道の史跡や、日本で最初の石鹸工場跡をみても、今日の意欲の無い日本人とは比べようの無い、無限の活動力をもった人たちが、横浜に集結していたことがわかる。(この石鹸工場については、午前に伺った開港資料館の機関紙「開港のひろば100号」に詳しい探査記事が載っている。)

Suijun1ここで、クイズ3です。ウォーキング途中に通る「共進橋」「共進町」「共進中学校」などの共進というのは、大正時代に行われた、あるイベントに基づいています。それは、どのようなイベントだったでしょう。

なんとなく横浜らしいな、と思ったのは、内務省地理寮が明治初期に測量のために設けた「水準点」である。「不」の字が彫られている英国式の測量で使われたらしい。どこが横浜的なのかといえば、一番最初に設けられたのであるが、そののち全国に広がっていく、その礎になっているという点である。つまりは、横浜から入って、横浜を通過していく、それが横浜流なのだ。

Suijun ここでクイズ4です。この水準点は坂道の両側に、英国式とドイツ式とがあるが、ドイツ式の水準点には、どのような文字が刻まれていますか。(これは、現地に行かないとわからないだろう。脇に掲げられている説明文にも、記載がない。当日、ぜひ確かめてみてください。この写真は、英国式の水準点。)

このあと、活気のある「よこはまばし」商店街を抜けて、ちょっと横道を入ったところにある、大鷲神社によって、かつての遊郭が集中していた「真金町」を通って、解散場所である大通り公園へ出る。

ここでクイズ5です。「よこはまばし商店街」の川との接点にある「演芸場」は、何という名前でしょうか。

Ootori 下見も無事終了し、のどが渇いたので、みんな一緒に、公園に面したジャズ喫茶「GIG」で、今日最後のコーヒー。リンゴのタルトと、かぼちゃのケーキを頬張りながら。松坂屋が撤退したあとも賑やかな伊勢佐木町をぶらりと歩きながら家路につく。

Isezaki ということだが、これ以外にも、全部で見所は40箇所近い、Fさんが丹精こめて造ったマップと資料が完成し、準備万端という状態である。

あとは、ひとりでも多くのかたに参加していただくことを祈るのみである。放送大学本部の倉庫から、放送大学印のプレゼント品をセンター所長が調達してきている。参加したひとには、記念品として配られる。また、横浜国大のM先生にウォーキングの歩き方についてのお話もお願いしてあるので、健康にたいへん良いウォーキングになること請け合いである。

上で出したクイズの答えは、当日参加すれば、たちどころにわかることだろう。22日の一日、一緒に歴史散歩を楽しみませんか。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。